2021年03月22日

スマホっくび

西條です。春の風、春の雨。少々人を不安にさせるまとわりつく湿気。
桜は今週満開の予報。新学期。新生活。季節は生き物に関係なく更新し、僕らは追いつこうと歩く。新型コロナは少し感染者が落ち着きだした、との認識。地方は記録更新。子供が春休みになっても実家に帰れるのかどうか直前までわからない。しかしここまで来ると、なんだかもう不謹慎ながら慣れ始めてきて、感染したことが無いからとわかっているのだが。やはり気の緩みは自然と出てしまう。いかんのう。手洗いだけでもちゃんとしなければのう。

濃厚接触者の定義がマスクをつけないで近距離で15分以上話していた人、と言われた。
となると家族くらいしかいない。外食しなければそれくらいだ。と考えると結構動けるが、密閉されたところはやはりまだこわい。軽傷でもなりたくない。ご飯がおいしくないというのは結構つらい。手洗いとマスク。不必要なところを触らない。と自分に確認し、久しぶりに池袋に行った。

池袋。ていうかコロナ禍になってから街になかなか出ていない。
前行ったのはいつだったのか。そろそろ旅行土産でもらった財布がくたびれてきたので、閉店するマルイにでも行って新しいものを買おうかなと。なんか理由つけて街に出たいなとも少し思っていて。

昼間、電車に乗るとマスクをしている人99%。1%マスクをしていない。乗客のほとんどは若者。池袋につく。変わらない風景。まあ何年も来ていないわけではないし。マルイまでの道。エスカレータを登って芸術劇場方面。交差点。歩くと一等地なのにシャッターが下りている店舗が多数。ああ、これが今であるか。こんな一等地がシャッターになるのか、と思いつつ。マルイも閉店するわけだからここら辺の一体どうなっていくのだろう、願わくば思い切り再開発してもらって活気のある一角になってくれるとうれしい。東武デパートには頑張ってほしい。と歩きながら思いつつ。マルイの中へ。

マルイも僕が若いころとくらべて、 といってもかなり前になるのか・・・
変わったところと変わらないところがあって、って当たり前か・・・
階を上がるとお客さんの数も減り、でも財布売り場は家族連れがいたり。
吟味したがあんまりしっくりくるものがなかったので、東武へ移動。あいかわらず僕の買い物の仕方が小さいころから変わらないな、と少し嫌になりつつ東武でまだしっくりくるものが無く、パルコに移動。イシバシでピックだけ買ってハンズにでも行ってみようかなと移動。歩く街。やっぱ相変わらずな感じ。でもちょっと閑散としたような。

ハンズも久しぶり。どんだけ小道具材料を買いに来てないんだ、と気づく。
久しぶりのハンズは相変わらず魅力的だ。いろんなものが売っている。ネット社会からスタートしていない僕はどうしても現物みないとそこに魅力を感じずらい。なんていうか、商品が何かしらの雰囲気を纏っている時がある、店員さんもしかり。少し高くても店員さんの雰囲気で買ってしまうことが僕はよくある。楽しくなったら買ってしまうというか。世の中はいい商品がとても多く、選択肢が多い中での決め手はそんなところだったりする。

財布コーナーを物色し、よさそうなものを見つける。新学期、新しい生活がちょっと見える。
下の子も4月から小学校。すごいことに今の小学校性は皆ノートパソコンが支給され、段階的に教科書がそこに収納されるとのこと。タッチペンで算数を説いている。漢字を書いている。
パスワードを忘れるとPCの中に入れなくて宿題が出来ない。充電は毎日する。グーグル。ギガスクールなんだって。・・

これが次世代の人間を育てるやり方なのか、いやただ単純に勉強の仕方が変わっただけなのか、結果はどうなるかわからないが、人類の英知、インターネットによる情報の共有、学習は着実に生活必需品となり、衣食住に匹敵しかねないのだな、と思わせられる。まあそんな流れ。新しい時代。

Ζガンダムを全部見た。バンダイチャンネル、サブスク。全50話。
なぜ見たくなったのか、それはこのコロナ禍の中でふと、自分はいい加減な過去がいくつかあるなと気づいたためである。まあ時間があるからそんなことをかんがえたんだろうけど。記憶違いや思い込みはまだいいとして、よく知らないのに知ったように思っていることが少なからずあり、その一つはタイムリーに見ていたはずのΖガンダムであった。複雑な設定とかっこいいモビルスーツ、子どもの頃はいくつもプラモデルを作ったし、その話の半分は思えているが、半分はまったくわからないまま適当に自分の中に経験したものとして半端にある、ときづいてしまったのだ。

だからって愕然としたわけではなく、これから更に歳を重ねていく中で、いい加減な過去をそのまま忘れてしまうほど、僕は強くない、と随分前からわかっているため、今一度半端をなくそう、ちゃんと自分の過去にしよいう。と思ったのだ。と書くとなんとも、ただの中二病じゃないのさ、とも言われてしまうが。半分あってる。もう半分は先に進めない感を払しょくしたいがためのトライなのだ。

そんなわけで50話全部見ました。
まあ、ぶっちゃけ面白かったしラストも知っていたので心構えありのため冷静だったが、とにかく第一話から全く説明が不親切で何がどういう関係なのか全然わからんし、主人公のカミーユはのっけからキレやすい若者で少々心に狂っている部分もあり、戦争の世界だからか、とになく体罰あるわ男性上位だわ大量虐殺あるわ子供は死ぬわで、これ子供向けではないでしょ、と・・・幸か不幸か僕らはそれを利用して成長してきたところもあるけれど。まあとにかく今と全く価値観の違う世界、当時はそれがまだ実社会を席巻していたのも思い出した。

説明の不親切さはツインピークスに匹敵するなと思えたが、描こうとする戦争の理不尽さと、子どもが巻き込まれる過酷な状況を描いていたことはとても胸に突き刺さり、やはり戦争は世紀の愚策なのだと改めて思った。

その後流れで見始めたダブルΖは前半のコメディ要素が賛否分かれるところとなり評価が分かれているようで。僕は何とも言えないないが、とりあえずΖと比べると登場人物のファッションがいきなり明るくなっている。ファッショナブルな若者の中にアーガマのクルーが入ると途端に地味さが目立つ。あの当時、時代は速い速度で変わっていたのだ。

そんなわけでスマホで50話見たらその数日後、とんでもない頭痛に苛まれ、なんだろう、これは、と思っていたらどんどん首が痛くなり、むち打ちのごとく首が回らなくなってしまった。どうにも苦しく日常生活に支障が出るくらいになったので、調べてみると、すまほねっく、ストレートネックなる症状らしい。同じ姿勢でスマホを見過ぎて首の筋肉が猫背のまま固まってしまう症状。まあ正直結構きつい。
それから体操をして、なんとか首の筋肉をもとに戻す努力をしました。今はすっかり治っているんだけれど、皆さまスマホで長時間視聴するはやめましょう。Amazonプライムで幕末太陽傳デジタルリマスターを見たのもいけなかったのかもしれない。

コロナ二度目の春。緊急事態宣言解除。身についた感染予防法とスマホネック予防法で新学期乗り切ろう。戦争反対。まだまだ生きるぞ

2021年01月20日

念頭にあたり。

西條です。
あけまして。すでに一月も下旬となりました。
コロナにより実家に帰れず、年末年始は家でもくもくとすき焼きを食べていました、酒を飲んでいました。なんていうか、でもぶっちゃけそれだけしかしてないというか、他になにもしようがない。それが課せられた義務。遠出は出来ず、でも近場も密になっており、特にスーパー。収束の気配は無し。変異種がどんどん増える。

コロナウイルス変異種。
COVID19はSARSCOV2。SARSの変異種といってもいいかもしれんな、と思いました。
もともとSARSを知ったのは香港でのパンデミック。僕が28,9歳の頃だったかな。香港映画がどうなってしまうのか、少々不安でした。テレビに映る香港はみんなマスクをして交差点を歩き、家に帰っても親にさえ触ることもできない。院内感染が多く、悲観して飛び降り自殺をする看護婦のニュースを見たのが衝撃でした。SARSが明けた後も、香港はすっかり自信を無くしてしまった、とどこかの本が描いていました。世界から、香港は不潔だからそうなったんだ、とも陰で言われていました。ある日香港の大スターがホテルから飛び降り自殺をしました。その事件に少しだけ触れた香港の情報誌には、SARSが明けてもどんよりした雰囲気と、前向きになれない人々の気持ちが稀代のスターにも少なからず影響を及ぼしたのかもしれない、と書いていました。

僕はその時の香港の陰鬱さを覚えています。大御所の実力者がスターの自殺についてコメントを求められ、勘弁してくれ、と退散したことも覚えています。その場に香港にいたわけではないのだけれど、数少ない情報を懐と相談しながら得ようとしていました。それから香港映画はSARSをテーマにした短編映画集を作りました。その一遍を監督したツイハークは、襲ってくる鮫と奮闘するアニメを作成。「SARSはシャークと深い関係にある。スぺルを変えるとSARSはSHARKになるんだ」と言っていました。僕は唖然としました。本気なのかこの人・・・しかし同時にその時代をけん引してきたありえない感覚に香港映画の未来へ向かうベクトルは途切れることは無い、と確信しました。

変異種。SARSの変異種。SARSCOV2。その変異種。SARSCOV3、SARSCOV4、SARSCOV5・・・となるのだろうか。当時の香港でも結局ワクチンは出来ず。対処療法しかないまま封じ込めました。それは医療の現場の人々の、死ぬ気で臨んだ結果です。
今現在、日本でも多くの医療の現場がプレッシャーと何でここにいなきゃいかんのだ、という葛藤、思い出す家族の顔と目の前の患者の家族を同じ眼で心で観ています。それは一秒ごとに究極の選択を迫られるようなもので、無理やり涼しい顔を作らなければ、乗り切れない。僕は今なにもわがままなことは言えない。

僕の近くにも徐々に感染したという話が流れてくる。
もうすでに目の前にCOVID19はいて、いつ僕はなってもおかしくない状況にある。
それをなんとか毎日回避することだけが唯一僕が出来うる医療従事者を助ける方法で。金をあげてもおいしいものあげてもきっと一瞬でも絶望が見えれば、足元をすくわれてしまいかねないのだから。

ここ数日は改めてそう思いました。
未来を信じること。未来を守るために今はまだマスクを手放さない、いや口放さないし。極力蜜は避けます。気が緩んでいる人たちがたくさん出てきました。ファミレスで結構大声で話している人もいるそうです。政府に文句言ったって政府も初めての経験だから何が正しいのか未だにわからず、独裁でもないのでタイミングよく決められないし。多分先手先手に動けたとしても、それは本当に必要だったのか、悪いところだけ見られて結局ダメな政府だと言われ、言った人は有識者気取りで誰かの情報を盗んでいるだけなのに。とにかく政府がウイルスを除去できるわけではない。実際動くのは僕らなのだから僕らがウイルスをなくす努力をしなければなくならないのだ。ここ数日改めて思いました。

まあそんなわけで、観る作品も少なくなってきてしまい、
Ζガンダムとか手を出そうとしたりしているミドル世代です。Ζガンダム。YOUTUBEで第一話だけ見られるので見ました。なんていうか、久々に見たんだけど、ここまで不親切な第一話ってないね。全然説明ないし、カミーユとかキレやすすぎる。さらに皆が暴力に走りすぎだ。よく小学校の頃これ俺見てたな、と思ったが、ぶっちゃけ続きが観たい。大人になって設定も展開もほぼ知っているからなお見たい久々に。

映画や音楽、家族や過去に助けられながら今を過ごしている。そう思ったとき、それはいつだってそうだったろう、と気づいた。ひねれば飲める水が出る国で今のところ僕は不満を言えない。今の香港はCOVID19と共にそのアイデンティティが根底からくつがえされかねない不安と必死に戦っている。日本のみならず、世界の倒産件数は多くなり、インバウンド狙いの商業施設も高価な賃料をはらう大企業の象徴的ビルも価値を無くし、本当は僕だって明日にも路頭に迷いかねない、感染と共に、明日は我が身、しかしまだ不満が言えない。きっとまだ戦っていないからかもしれない。

戦わなければならない。そして勝たねば、明日が来ない。
今年はワクチンの年になる。味方は徐々に増えていくと信じる。年頭にあたり。もう下旬ですが。Ζガンダムを全部見ます。この日々をいつか飲み屋で笑って話せますように。
やつらを追っ払う事は出来ないが、僕らはつながっていなくても、やつらを倒せるのだ、一日だけでも英雄になれるのだ。

今日も音楽と映画に助けられている。いつか恩を返す。

2020年12月09日

コロナの冬

西條です。
ハロウィンを過ぎてクリスマスシーズンになりましたが、COVID19の猛威は収束どころか依然一進一退の攻防中。ワクチンが出てきましたが、果たしてどこまで信頼できるものなのだろうか。思ったより早いワクチンの開発にちょっと疑問が湧いており、飛びつく気にまだならない。東京の感染者数が過去最高を記録しています。GOTOトラベルで来年の旅行を予約したのは数週間前。どうしよう。。。。現在様子見のままですが、やはりキャンセルしなければならないのか。く、くやしい

恐れていても何も始まらない。確かにそうだ。数週間前、法事で宮城に向かい温泉宿に泊りました。温泉宿は感染対策をしっかりやっていた。ディスタンスと消毒とマスク着用と。広い食事処に数グループのみの席。新幹線はやはりそんな中だからか空いていて、閉鎖された空間、乗客は皆マスク。ウィズコロナは意識されていると感じる。それでも感染を防ぎきれないのだからほんとにこのウイルスは最悪。打つ手がもうないよねと思う。とりあえずそれから二週間以上たっているが、発熱も無く、健康である。

今年は夏に続き年末も実家には帰れないだろう。残念極まりない。
テレワークもテレビ電話も最初だけで今はちょっと慣れたのか疲れたのかオンライン飲み会もあまり聞かなくなった。やはり最近開発されたワクチンに頼ることしか出来ない。でも副作用怖い。

そんなわけでアマビエも少し沈静化している昨今。映画「鬼滅の刃」を見てきました。
久しぶりの映画館がキメツかよ
なわけですが子供らがハマりにハマっているし、アニメは確かに素晴らしぃ出来で何がいいってCGの使い方が僕が知っているアニメの世代よりもはるかに向上しているし、ストーリーも暗かったり明るかったりメリハリ&緊張感があり面白いし、キャラクターたちの過去、家族の話が充実していてほとんどのキャラが寂しく心に傷を抱えて過ごしていることになにやら惹かれる。

そんなわけで観てきましたが予想通り大泣きして帰ってきました。
まあ話は誰でももう知っているのでしょうからそれはいいとして、思うにこの漫画の作者は子供が親に何を求めているのかとても理解している気がします。だから家族を描けるのかもしれない。もちろん家族にはいろんな形があり、その絆はそれぞれに独特で、お互いに求めるものが違い、いつまでもすれ違っている場合もあります。悲しい事件になってしまうこともあります。故にとてもシビアで、とある家族、としてしか描けないのですが、この作品は最も家族の核になるものを提示しているように思います。それは家族として求めるものが合致したときの幸福感。形にするならば、親子で手をつないで歩く姿がそうでしょう。

よくある光景は実は関係性の大事な核となるものだったりします。映画「鬼滅の刃 無限列車編」はグロテスクですが、子供に見せたい作品でした。これからそれぞれの柱と共に鬼と戦うシーズンになりますが、大バトルの遊郭編は楽しみなのですが、子供にどう説明しようかしら・・・

そんなわけで、コロナ禍の最中たくさんのエンタメに助けられており、はやり映画にはたくさん助けられてしまう。自分で話を書くことも自分を助ける手段になる、本当に映画があってよかったって思います。そして家でテレビで映画を見ますが、やはり映画館で観たいな、と三日も立たずに思います。映画館。やがてゆっくり暗くなり、予告が始まり、少しの静けさの後に本編が始まる。大きな画面と少し反響を含んだ大きな音と。他のお客さんと一緒に見ながらも存在を悟られないように息をひそめる感覚と。なんともいえないですな。コロナで映画館がなくなることだけは絶対阻止しなければならない。自分のためにも。

年の瀬。年賀状の準備はまだこれから。
どこにもいかれないので、せめておいしいものを食べたいなとうまいもの沢山食べてたらまたも太りました。なんだかもう高血圧にもなりそう。あかん。運動しなよと簡単に言わないでください。もうこたつ出したら出られないんですわ。そんなわけで。来年はワクチンの年になるはず。インフル並みに抑え込めれば世の中は元に戻るはず。それまでサバイブ。全集中で家族を守ろう。呼吸するにはマスクが邪魔だけど命ある限り贅沢なことは言わないぜ。

  My Yahoo!に追加
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このブログは、次のライセンスで保護されています。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

カテゴリー

2021年03月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

アーカイブ