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けいたいをかった

西條です。
日誌がどうも不調で僕が日常使っているファイヤーフォックスでは表示されなくなりました。なんだか理由はわかりません。思うにバージョンが時代に追いつかなくなっているのか、それともファイヤーフォックスのことを考えてくれなかったのか、突然なので戸惑っていますが自分ではどうにもなりません、待つのみであります。

そんなわけでここ最近はオミクロン株のおかげでまたしても不穏な空気。
感染者が徐々にじわじわに増えているようですが、まだ重症の話は無いものの、ひとたびそれで死亡者が出ればまたしても緊急事態となるでしょう。ちょうど年末なわけで、でもさすがに今回は帰省しないわけにもいかないのではないでしょうか夏に帰ってない人は。感染対策はもう板についてきたし。さすがに帰りたい。家の中にいてばかりだと変化も無いし時代も変わって行かない。時間は平等に過ぎていく。故郷に帰ったからって変化があるわけではないのだが。何かあるかもしれないと思うだけでもいいじゃない。

そんな、わけでもないのですが、この前子供に長期的に迫られていた携帯電話。キッズ携帯をついに買うことになりました。自分が小さいころはそんなものなくても大丈夫だったのですが、ここ最近は持っている子供も多く、安全を考えればまあ、あった方がいいとは思うし、最近近所の不審者情報が多くなっても来たのでまあ、いつかスマホ持つわけだし、キッズ携帯を持つことはキッズの時しかないんだから、ということで。

最初はショップに問い合わせ、見積もりを出してもらい、持ち帰って考え、高いからポイント付かせたいと思い、量販店に向かい、再度見積もりを出してもらったら、新規キャンペーン中なので、端末は1円ですと言われ、喜びまくって契約。予想はしていたが契約に1時間半ほどかかり腹が減ったのでラーメン屋で昼食。家に帰って夜に子供に渡したら大はしゃぎで兄弟でケンカし始めたので、これはパパが買ったものだからどちらのものでもない!と怒って諫めて寝静まってからGPSのチェックとかしてみたら、まあすごい詳しく出るのね今のGPSって。

グーグルマップ上でキッズ携帯の位置がわかるのですが、近い場所でも携帯が移動すればマップ上の青い玉も移動する。すごい。当たり前のようですが、やっぱりすごい技術だインフォメーションテクノロジーって。子供にはいつかグーグルとかに就職して最先端を経験した後、やりたいことにその経験を生かしてほしい。なんていい加減なこと思い始めたりします。こういった技術は人間を管理するためのものなので、危険ではあるのですが、それを安全のために使う頭と使える環境でいることが大事ですね。道具は使う人の心によるわけですし。

戦争に使えるロボットが某国で開発され、公にもなりました。ロボット技術、介護だの福祉だのに使うために開発していますという、云わば生活における補助を目的とした開発を掲げてやっぱり兵器。そんなのは誰もがわかっていたことですが、ターミネーターな世界が徐々にじわじわにやってきているわけです。インフォメーションの後は、ロボットで世界経済は回っていく。
子供たちのやりたいことが平和ではなく平和の維持であればいいと思うわけです。

久しぶりに映画館に行った。ずいぶんと行ってない。「デューン砂の惑星」ティモシー・シャラメという一体どこからこんな流線型のネーミングセンスがでてくるんだと思わせるイケメンが主演の映画。ドニ・ヴィルヌーブ監督はとても好きな監督で「メッセージ」という映画はすっかりハマってしまった。過去と未来と現在が同時に存在する場合なんてよく説明できたものだ。気づかないモンタージュを駆使して構成してくる監督はたくさんいてそういう人に何故か惹かれる。

今回はシリーズになるみたいで一作目らしい。前作、リンチ監督の「デューン砂の惑星」はとても面白く、よく覚えている。武器がとても欲しかったがどこからも発売されることは無かったと思う少なくとも田舎には無かった。そしてそのころはまだスティングのファンではなかった。

映画はサンドヲームでライドする予感を示して終わってゆく。随所にジャパンな雰囲気があり、迫力はもとよりよくまとまっていて無理のない程度に難解であった。さすがは監督である。すっかり続編が楽しみになって劇場を出た。

コロナ禍のなかで映画を見に来る機会が減っているが、コロナ禍の中で制作を続ける人たちがたくさんいて、その情熱や姿勢、そして生活しなきゃいけないという力強さに改めて敬服してしまう。あともう少し、薬もワクチンもさらにいいものが出来てくる。徐々にじわじわに世界は新型コロナに打ち勝っていくだろう。

12月に入ったのに全然冬の感じがしない、でもこの季節この気温、空気が年間で一番好きである。朝の空気。匂い、光、空の青もすべてがシャープで突き刺さってくる。寒いし体調も崩しやすいんだけど、空気そのものが原風景なのだ。原風景を持って意識できることは良かったと思っている。いい過去も悪い過去も未来を思い描くときにとても必要になる。現在は刹那であり過去と未来が混在するから混沌としているけれど、僕らは本当は理屈ではなく気づかないモンタージュで自らの道を決めているのだ。まさに心が道しるべである。

そんなわけでいいことも悪いことも起こりますが、今は確実に過ぎていき、ワクチンも映画も自分一人では作れないんだからサスティナビリティに世界を応援することが大切と感じました。キッズ携帯を持つことで子どもたちも徐々にじわじわに足を延ばせる場所が多くなるでしょう。寂しいなあ。でもしょうがない。僕も冒険を探して旅に出よう。早くファイヤーフォックスで日誌が描けるようになるといいな。

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2021年12月03日 10:42に投稿されたエントリーのページです。

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