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2018年07月に書かれた日誌

2018年07月23日

たまには引きこもろう

西條です。
夏になりましたがまあ暑いね。ものすごく暑い。みんなきれいに日焼けしている。
異常気象なのかどうなのかほんとのところは僕にはわからないけれど、いつもよりよっぽど早く暑い夏が来た。

西日本の雨はひどかった。そちらに友人や親戚が住んでいるわけじゃないので情報見ることしか出来ない。インターネットでは報道されていない被災状況。個人で上げたらしい画像や動画から感じるすさまじい雨の脅威、濁流の怖さ。もう、少し前の話になっているけれど、この暑さでの復興作業は大変だけれど。被災して頑張っている方々の情報を読んで、自分だったらどう乗り切ればいいかを考える。

僕は最近少し弱っているみたいでその昔でいうヘタレな感じになっている。なんだかとっても辛く感じる時もあり、その原因がなんなのかいつも考えている。答えが複数あり、解決策もあるんだけれど、ちょっとした思い切りが必要なので、それを考えてまた辛くなってしまう。すごく嫌な感じだ。明るくいられない。

こういう時は昔から、なるべく弱音を吐くようにしている。
僕は弱音を吐くのを恥ずかしいと思ったことがない。といってもその原因を言うのは確かに恥ずかしかったりするのでそれはあんまり言わない。弱音というより、弱音に近い愚痴のようにしてボロボロと人にぶつけるみたい。ぶつけられた方は少し迷惑な顔をしている。だけど多分、世のおじさんは皆似たり寄ったりで言えばスナックに誘われそうな感じで。

しかしながらそのおかげでちょっとづつ回復していく、力を借りてわざと忘却させるわけで。奥底にしまったことすらも忘れるまで粘る。

まあちょっと物事をまじめに考えすぎていたようで、
キャパオーバーになったのだと思う。そういうの数十年ぶりの感覚。
やばいと思ったら最悪逃げちまったほうがいい。逃げたように見えてそれは世間的にそうでも本人からすれば会心の攻めかもしれない。

そんなわけで、どうなろうと自分一生懸命やってるんで、それでだめっていうならダメでいいですと思うことにしたし、もう付き合いたくない人とは無理に付き合う気はないので、気も使わない、と十数年前に決めたのに、今改めて思う、、、
ということは、その感覚を忘れていたのか、と悟り、
つまりはこの間そう思わない時間を過ごしていたわけで、
そのことに感謝すべきだなあと。

少しネガティブな日誌なので、他に明るいこと書きたいことあったのだけれど、また今度にします。今は少々引きこもるか、という感じで。こういう感じだと、何気ないニュースにも若いころみたいな少し敏感な感覚で接することが出来るみたいで。歳を食ったふりをしていたのかも。

乗り越えられない試練を神様は与えない、という言葉がありますが、
僕は乗り越えられない試練を神様はよく与える、と思っています。だからって神様を信じてないわけでもありません。宗教家ではないんだけれど、神様って、いた方がいい気がしています。ただ長渕剛も歌っていますが、さい銭箱に100円玉入れたら、つり銭出てくる人生がいいとも思っています。自分は何を一番求めているのかをいつも覚えておきたいのです。それを見失いそうになると、引きこもるわけです。だからたまには引きこもろう。世の中狂っているのだから。

不思議なことにこうなると創作意欲も感覚も敏感になります。そしてせっかくの夏なので楽しく過ごしたいわけです。暑くって全然外に出られないんだけれど。月末は海の予定。

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