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2017年01月に書かれた日誌

2017年01月08日

新年誕生

西條です。
新年そうそう、腰をやってしまいました。
おととしの暮れに重い荷物をもったときに、ごりっといってしまい、その時は左足で立つことが出来ず、医者に行って処方されたシップと薬を呑んでそのうち治った感じでした、それから二年・・・再び降臨。

しかし経験者はその瞬間コンマ何秒の間に何が起こるのか無意識にわかるようで、
体を翻し、重症には至らず。しかし左足の踏ん張りは弱く、左側の腰には痛み。背筋は痛みで伸びず年寄りな感じ。歩ける分だけマシ、でも痛い。久しぶりのコルセット。しめつけて歩くも痛い。シップ貼るも痛い。
そんこんなで、下の子の誕生日。デビッドボウイと同じ。

デビッドボウイが死んでから、もうそれだけの時間が経つ。これから開催する大回顧展ももちろん行くつもりだ。なんでもない日常でも彼の曲があればいいスピードで過ごすことが出来る。そして立ち返ることも出来るし気合も入る。変化を楽しむことを教えてくれた彼の生き方と曲はいつまでも拠り所になってくれるだろう。

年始だからと言い訳して、結構買い物をした。
年始から突然WIFIが機能しなくなって、子機がぶっ壊れたことが判明し、電気屋さんに行って衝動買いを数点。スピーカーとヘッドフォントあれやこれや、、、炊飯器も髭剃りの替え刃も買いたかったのだが、それは一緒に行った子供が許してくれず、「ぱぱじゅーっすじゅーす」と言って泣くので。ほんとそろそろ炊飯器買いたい。

去年を振り返って。
いろんなことがあった病気がちの厄年。今年は後厄。それはいいとして、日本映画はアニメがものすごいことになっているという事実を改めて実感。超有名になった「君の名は。」もそうだけれど、「この世界の片隅に」の拡大上映やテレビアニメの映画版も含めてアニメの業績は実写をはるかにしのぐと思われる。国土と予算の小さい日本で作りてが大きな夢をイマジネーションを早期に実現させようとした欲求なんだろうか、はたまた職人気質の国民性からか、この発展と展開はすごい。きっと今年もそんな年になるんじゃなかろうか。

僕はといえば、あれこれ考えてシナリオ書いても結局毎回同じようなテーマで同じようなストーリーばかり書いて、でもそれがやっぱり今したいことなんだろうなと納得してみたり。ぜんぜん世間の波の影響を受けていない感性なのだな。きっといいことなんだろうと思うしかない。時代を描くことにこだわることはないのだが、それを完全に無視するのもそれはそれで面白く無いので、その時代感をどこにおくか迷うんだけど、テーマはシークエンスばかりじゃなく、カメラワークや音楽だってその対象になる。

そんなわけでほぼ強制的に見せられている「アンパンマン」のホラーマンの声優さんが昨年なくなり密かにショックを受けています。スネ夫の声を担当していた方で要するに僕も小さい頃からずっと慣れ親しんでいた声。人は必ず死ぬものだけれど、やっぱり悲しいし寂しい。悲しみや寂しさからのがれることが出来るひとなんていないのだけれど、そういう感覚を受け入れるには毎回時間が掛かるもの。でもデビッドボウイやキャリー・フィッシャーもそうなんだけれど、生きた証が残るだけ、その人はとても幸運で、その人を好きな人はラッキーで。

もしも映画「アルマゲドン」みたいなものが本当にあって、
隕石をぶっ壊しに宇宙に行かなきゃいけませんと言われ、最後の言葉をテレビカメラに向かって話すとしたらどんな言葉を僕はいうだろうとちょっと考えた。ようつべでたまたまテーマ曲を聴いてPV見たからなんだけど。中二病じゃなくちょっとリアルに考えてみた。
昔の僕なら最後の瞬間まで自分らしくいてくれと言ったんだろうと思う。
でも今の僕はそう思わないみたい。
今の僕は最後の瞬間は誰かのために生きてくださいと言う。
思い残したことなんて、多分なんでもたいしたことないものだ。
それが例えば大いなる復讐でも翼を広げたものだとしても、やりとげて得るものはちょっとした達成感があるくらいで、それが幸せや存在価値に繋がるかといえば、その可能性は低い。

その人の存在はその人の生き様よりも誰かの心の中にある。
それを見つけることとそれを教えることが幸せに繋がると思う。
大切にしてくれた人を見つけてありがとうっていうことがとても大事な気がするのだ。
最後の最後は誰かのために生きてください。

デビッドボウイは死ぬ数日前にブライアンイーノに感謝を伝えた。その最後の文は感謝の言葉だった。それは、ブライアンイーノはボウイの中に確かに存在していたと教える言葉だった。お互い幸せだったと思う。僕らは生と死から逃れることが出来ず、時間は限られていると焦り、成功もすれば沢山の失敗もする。人の決めたレールの上を歩くことに疑問を持ち、でも大衆心理から逃れるにはかなりの勇気が必要で、反発すれば意味不明なカテゴライズをされてしまい、やがては閉塞感にも慣れて行き、機械的に宝くじの列に並んでみたいする。
自分に正直になること、よく物事を知ること、感謝をすることがとても大事だ。

そんなわけでウチの娘ボウイが二歳になった、おめでとう。よくここまで生きた。ありがとう。
散々自分のために生きた後、最後は誰かのために生きてください。大好きなアンパンマンを見習ってね。今年はトイレが出来るようになろう。

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