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2016年01月に書かれた日誌

2016年01月07日

2016

西條です。
あけまして、久しぶりに日誌を書きます、最近キーボードにさわってないので打ち損じが多い。
年が明けてやっと少し時間が取れるようになった。
昨年第二子が生まれ育児休暇を取って8ヶ月して復帰して三ヶ月経って新年を向かえ第二子はもうすぐ一歳。長女もドンドン大人になる。ゆっくりとだが手が離れていく感じ、たぶん僕の気持ちによるだけだろうけど。長女は毎日「天空の城ラピュタ」を見てシータの物まねをしている。僕は中学時代に見た映画を自分の子供と一緒に見ているという現実に不思議を感じながらコタツに座っている。ポムじいさんが飛行石に心を奪われそうになる感覚を改めて理解し、深いなあこの映画とつくづく感じてしまう。

そんなわけで新しい年になり、新年は「スターウォーズ フォースの覚醒」を見てきました。
今「フォースの覚醒」って書いて思ったんだけど「覚醒」なんてそうそう使わないから手で書けっていわれても「醒」の字思いつかないよね。まあそんなわけで、JJエイブラムスなので観てきたんですけど、
今回のスターウォーズは僕にとっては駄作でした。でもそこそこ楽しめました。でも駄作でした。でもなかなか楽しめました。何が駄作なのかっていうとものすごく危険なミッションをなんの苦労もしないで突破解決していく展開ばかりでそれはまあハリウッドの超大作ですからって言われるとそれもそうなんだけど、ほんとに僕が小さい頃に見てきたハリウッドの超大作はそんなものではなかったんですけどここ10年間のハリウッド超大作映画はほんとにキャラクターの面白さより展開の速さで見せようとする非常に臆病な態度なんだけどスターウォーズでさえそうなのがとても残念。この残念さをディズニーのせいにするのは簡単で子供と一緒に延々とディズニー映画を見ている僕は腑に落ちるところだけれど、それならプリンセスとのロマンスをもっと入れてくれても良かったな。要するに戦いばかりだと面白くない。しかしそれでもなかなか楽しめたのはそれなりにわくわくさせるSFと前6作を小さい頃から見続けている世代へのサービスとハリソンフォードのかっこよさによる、ハリソンフォードはすでに70歳を超えているのだが、ものすごくかっこいい。70歳超えてりゃあやれ耳が聞こえずらいとか認知症になってきたとか腰が曲がってきたとか年金が少ないとかそんなこんなかと想像しちゃうが振り向いてこっちを指差し物申すハン・ソロハリソンフォードはそんな憂鬱を微塵も感じさせない。これを見るだけでも今回のスターウォーズは見る価値があると思わせる。人生観を刺激される。自分が70歳を超えてハリソン・フォードになれているかどうかがとても大事だと考えさせられる。年金とか昇進とか退職金とか第二の人生とかも70過ぎてハリソン・フォードになれているのかどうかから逆算して本当にそれが必要なのかどうか今の自分に問う必要がある。とまあ極端ですが、ハリソン・フォードに成れたらいいな、一度は目指せというわけで。

そんなわけでそこそこ楽しめましたスターウォーズ。何度もいいますが駄作ではありますけど、ファルコンやエックスウイングの登場やルークが引きこもっているという設定とか面白かったです。多分次回も見に行くと思いますが、監督はJJじゃなく、ピーター・ジャクソンとかでいってもらいたい、ディズニー相手にうまくやれそうな気がする。ていうかもうそろそろスピルバーグがやればいいじゃん。

今年は長く日誌を書くより短くして更新頻度を上げていくようにしたいと思っています。
未だにツイッターとかラインとかなじめない、ブログやっている人も少なくなりましたが、
ブログが一番いいかなあ。自分には、コメント気にしなくていいし。誰も読んでないだろうと言う安心感もあるし。まあ発信ばかりがネットの楽しさではありませんよね僕はそう思います。

昨年11月に友人が映画を公開しました。
「フリーキッチン」という映画で、監督は中村研太郎さんです。西條組作品「恋鎖」に出演してくれていた人です。研太郎さんは昔自身で撮った自主映画を数百万お金を掛けてフルリメイクし、劇場公開作品を作りました。
そのまま年末になってしまったので、まったく僕は時間撮れずにユーロスペースに足を運ぶことができませんでしたが、ラッシュ的なものは見ていて、期待できるものでした。京都とか地方での上映はこれからということで、観にいける方は是非。
http://fuzzfilmworks.com/

4000円で白めのコートを買いました。まだそんなに寒くないので活躍してくれませんが、
春までこの服で乗り切ります。2016今年もよろしくお願い致します。

2016年01月27日

スター

西條です。
デビッドボウイが死んで、数日経ちました。
寂しさはありません、死んでからもheavyに聞いていますがその才能を再確認し、その曲を聴いていた頃を思い出し。訃報を聞いてショックはショックなのですが追悼というよりも曲を聴こうと思いました。
僕にとってスーパースター過ぎたんだろうか、おそらくどのアーティストよりも好きだったデビッドボウイ。同じ時代に生きていたことに感謝の言葉しか有りません。

洋楽に触れさせてくれた人でした。
映画好きな冴えない少年だった僕は音楽と言えばサウンドトラックで当時はCDが出始めたころで、
CDラジカセというものが発売されコマーシャルでボンジョビがバッドメディシンしてた頃、地元の太鼓祭りの日に夜の九時から放映していた何曜日だか忘れたけれど洋画劇場を中村さん家のマックロードで録画したのが「ラビリンス魔王の迷宮」でした。

録画は少し失敗して最初の数秒が欠けている状態でオープニングの曲が始まり、ふくろうが闇を飛んで水晶がはじけてラビリンスのタイトルが現れ、ワクワク感ハンパ無いままジェニファーコネリーとアンダグラウンドのキラキラした音が冴えない中学生を一気に映画の中に引きずり込んでくれた。
「ラビリンス魔王の迷宮」はかなりファンの多い作品だがデビッドボウイを語る上でよく批判される作品でもある。だからこの作品でボウイを語るなと言われそうだが僕のボウイはこの作品なくしては語れない、こんな宝石箱のような作品なんてほかに無い、ジムヘンソンの才能とVFXじゃなくSFXだった時代がたまたま僕の中学時代で良かった。ちなみに日本語吹き替えセアラ役は喜多嶋舞だった気がする。ウィキペディアで調べたら喜多嶋舞が声を担当したのはフジテレビ版と書いてあるので僕が録画したものはゴールデン洋画劇場でその日は土曜日だったんだろう。

まあそれで映画は面白かったんだけれど、とにかく音楽凄くいいからなんとか手に入れたいし、演じていたデビッドボウイって人すげえやと思ってレンタルCDでサントラを借りて聞いたらやっぱりよくて、他のデビッドボウイのCDも聞いてみよう、と思って借りた多分ベルリン三部作のどれかだったろうげどそれが全然いい曲に聞こえなくてつまりラビリンスのサントラみたいなの想像していたから全然そうじゃなくて最初はなんだこれ全然違うしへんな曲ジャンって思っていた。
が、
気にはなっていたようで、ある日ベスト版デビッドボウイ「チェンジズボウイ」というCDを借りて聞いた。
それが、きっかけでハマってしまった。一曲目のスペースオディティだけ一日中聞いていても飽きないくらいデビッドボウイとはなんぞやと言う感じで聞いた。その当時の僕はお金がなく、なけなしでCDを借りてカセットにダビングして聞いていた、「ラビリンス」のサントラと「チェンジズボウイ」のカセットはすりきれるという状況まで聞くことになる。後にも先にも擦り切れるまで聞いたアルバムはコレだけだった。

「チェンジズボウイ」の最後の収録曲はブルージーンでつまりデビッドボウイとしては一時代ではなく二時代くらい過ぎた頃、それ以降はティンマシーンからブラックタイホワイトノイズまで長い道のりがあり、そこで去っていった人も沢山いるわけだが、僕は他の人と違い、ティンマシーンのアルバムは良く聞いた。逆にスケアリーモンスターとか評価が高いのになんだかなじめない僕がいた。高校に入ると同じようにデビッドボウイが好きな友人がいて、薦められたのが「ジギースターダスト」だった。ここで初めてロックとはなんぞやとなり、一気にデビッドボウイが僕の中でスーパースターになって行く。ロックによくある話だ。

東京に来てからボウイの曲は沢山聞いた。
スペースオディティやハンキードリー、ピンナップス、ダイヤモンドドッグス、ヒーローズ、レッツダンス等、そして「アウトサイド」以降のアルバムは僕にとって常にインスピレーションのもととなった。ほんとアウトサイド以降のアルバムは最高。アースリングもアワーズもヒーザンもリアリティもネクストデイもブラックスターも最高なのは何でだろう、まったく衰えない。

「リアリティ」ツアーで初めて生でデビッドボウイを見て聞いて、未だにその場面を覚えている。
レベルレベルのイントロとハングオントゥユアセルフの驚きと、スペースオディティのさわりだけ歌ったこととアンダープレッシャーとクイックサンドとグリンチのモノマネとアイムアフレイドオブアメリカンからジギースターダストで両手を広げるまでのクライマックスとまあホントこの人凄いわと感動した日。

デビッドボウイと言えば変化し続けるスーパースターとか常識に囚われないとか言われるし、まったくそのとうりだと思うのだけれど、フォークから始まり、バンド組んだりテクノっぽくなったりするなかでも彼はずっと同じ音楽、自分の音楽を作り続けていた。アースリングなんて特にテクノっぽくて衝撃だったかもしれないが、彼の中には若い頃からそのリズムがあったんじゃなかろうかと僕は思う。キャラクターだったりSFだったりロマンチックだったり小宇宙だったりして彼は表現をしようとしていたけれど、そのどれもがそのとき古臭くないものばかり。イメージに囚われない選択はすべて功を奏した。それ自体が彼がずっと若いままでいられた理由かもしれない。その姿勢に共感し、手本にしている人は沢山いる。
最後のアルバム「ブラックスター」の最後の曲「アイキャントギブエブリシングアウェイ」は、
僕が一緒にいけるのはここまでだよあとは一人で歩いていくんだよと言われているようだがうなづいてさよならできるまで僕も成長した。ありがとうスター、これからも聞いていくし変化を恐れません。

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