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考える葦である

西條です。
まあなんといいますか、ブログ離れが止まらない昨今。
僕もなかなか更新できないんだけれど、離れる気はまだありません。
ツイッターやってないし、フェイスブックに活動報告したって流れていくだけだし。
そんなわけで、多分何かしらやっている人はブログに戻らざるおえなくなる気がします。
気がするだけですけどね。

というわけで、
子育て真っ最中の中、先日、友人が結婚ということで、結婚式で流す映像の制作オファーいただいた。
ホントにありがたいしおめでとう。連れて行ってくれたイタリアンレストランもおいしかったし、ワインもたらふく飲んでしまった。

サンプルで渡そうと、自分でつくった自分の披露宴用のDVDを久々に焼く。
しかし音が微妙にずれるので、焼くソフトを数種類試した。ちゃんと同期しないソフトなんてあるんだねえ。久々に見る自分の披露宴dVD。うーん、あれから二年経って思うのは、結構、はずかしいもんだなこれは。。。と。なかなかの出来だし、CGなんかも自分で作ってみてはいるが、うーん、はずかしいもんだねこれ。。。と

映像で使った生まれたばかりの僕と嫁の写真を久しぶりに見ると、
自分の子どもの顔になんだかウリフタツに思えてしまいどうにもテンションが上がる。
まあ、子どもの顔なんて、みんなほぼ同じようなんだけどね、と思いつつもテンション上がるね。

そんな子どもも最近歩くようになり、家の中をタドタドと歩いては金切り声を上げてなんでも口に入れてニコニコしている。そろそろ一歳になる。はやーい。あの時からなんと一年経ってしまうんだなあ。怒涛の一年であった。息をつく暇がないというか、ここまで酒飲まなかった一年も無かったんじゃなかろうか。映画も、ここまで観なかった一年は無かった。DVDもほぼ観れてないし。しかし僕より嫁のほうがまったく何も出来ない一年だった。ほんとお疲れ様、ありがとう。
何も出来ないというのは御幣があるな、やったことないことやったり、行った事無いところに行ったり、心配したこともないことを心配したりしてた。入社一年目のドタバタ感だ。自信持ったり無くしたり、楽しかったり辛かったり、とにかく可愛かったりした。

そんな中でもジャッキー・チェンの新作が来たので、やっぱり観なきゃいけないと観に行った。

僕にとって中国は漢方とジャッキー・チェンがいる以上、100パーセント嫌いになれない国である。電子レンジにiphoneと書いて売っている写真を見るたび、そのセンスに笑えるし。

まあそんなわけでジャッキーの新作、「ライジング・ドラゴン」を見た。
評判は中の中であったが、僕にとっては上の上であった。
ずっと公式サイトで追っかけていたので「チャイニーズ・ゾディアック」というタイトルでやっぱり行って欲しかったなあ、と何にも考えないで思う。ストーリーはあんまり凝った感じは無く、むしろご都合主義を通り越して破天荒。かなりふざけている最高だ。そしてアクションはやっぱり素晴らしかった。

ジム・キャリーの映画「YES MAN」にも出てきたローラー人間をやるというのは聞いていたが、それが冒頭で出てくるとは思わなかったので、そこらへんでもびっくりした。ネットのレビューに書いてあるようなダラダラしたアクションではなかった。スピード感もあるし、見てて楽しかった。冒頭だってネットに突っ込んでタイトルが出るなんてワクワクしないわけないじゃないか。アジトに入ったあとのアクションは、なんていうか、つまりはセットの中で撮影してるんだけど、それがなんだかサイクロンZみたいでそうそうこういうの観たかったんだよ!と感動してしまった。ラストのパラシュート外すところなんかもう泣きそうになった。更にそのあとゲスト出演が続いて、ジャッキーの奥さん(本物)まで登場した。もう最高過ぎる。

ジャッキーにとっての映画ってまさにこういうことなんだろうし、それを観て、育った僕にもまさに映画ってこういうことなのだ、である。ジャッキーが好きで良かった。こんなに長い間楽しませてくれるんだから。
アクション映画は最後、と宣言した映画だけれど、ほんとかどうかはわからないし、本当だったとしても十分である。大体ジャッキーはアクションスターだけれど、監督の才能も、武術指導も役者としても十分実力のある人だ。やはり次回作が楽しみである。楽しみはまだまだ続くのだ。

そしてさっき、「グランドマスター」を観てきた。
ウォン・カーワイ監督の最新作。こちらもカンフー映画なのだがファンとしてはまさかカンフー映画やるなんてと思っていたけれど、そういえば「楽園の瑕」もアクションだった、と思い、更に「楽園の瑕」では武術指導にサモ・ハンを起用するもコマ落としとスロー映像でそのアクションが全然良く見えなくて残念だったのを思い出し、どうなんだろうと思いつつ、映画館に行った。

「グランドマスター」この映画は、ていうかこの映画は、なんか今迄こういうの観たことがないな、と思わせるちょっと荒唐無稽な感じを受けた。鈴木清順とかそういうわけじゃなくて、普通に撮ってて終わり方も突然で大体チャン・チェンとトニー・レオンが全然接点無いしブルース・リーをすごく意識してる感じでアップばっかりで大画面でそれが続くと眠くもなるんだが、なんだか見終わった後初めてみる映画だなと思わせるどうも妙な感じを残す映画だった。カンフー映画でこんなのは多分初めて観たってことなのかな。アクション映画じゃないカンフー映画だったということなのか、キン・フーの「山中傳奇」観たときに近かったのかな、グリーン・デスティニーみたいなたるさが吉と出ているってことか。

セリフの秀逸さはあんまり無かったんだけれど、チャン・ツイィーが父親の真似をして庭でカンフーを舞うシーンのカットバックはもう神掛かったかのような繋がりで正直この編集はパクれないかも知れないと感じた。
ウォン・カーワイは次の自分らしい映画のためのステップをドシドシと踏んでいるような感じがする。それまでの自分は「2046」でひと段落しましたってことなのかもしれない。

なんだ映画沢山観てるじゃない、
と思わないでください。観てません。徐々に、見られるようになってきた、というわけです。

そんなわけで、今月末になんと新作を撮る予定。企画物なので、西條組オリジナルじゃなくて原作があるんだけれど、僕は撮るみたいだ。小さなコメディです。なんと前作から5年も経っている。大丈夫なのか僕は。監督できるのか?と少々ビビッたが、人間は考える葦である。撮らない時間も撮っている時間と同じくしていれば成長しているものである、と自分に言い聞かせているのである。

資金以外は潤沢。オーディションしてなんと地方ロケで泊り込みという初体験リッチモンドハイ。まあ頑張らずに、頑張ろう。さっきやっとシナリオの第二稿目が書きあがった。添削してから送ります。短編。原作をシナリオにするってのも初体験だったんだけれど、面白いね。またやりたい。

そんなわけで、徐々に復活する予定の西條です。
長編はもうちょっとかかるけどシナリオはいつも書いています。考える葦なので。
長編は多分破天荒になります。「グランドマスター」に影響受けたってことではなく、そうしないと制作的に撮れないという大人の理由が有ります。
なんでも活かすべきでしょう、監督ならね。

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2013年05月21日 23:41に投稿されたエントリーのページです。

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