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2011年04月に書かれた日誌

2011年04月03日

エッフェル塔点灯2

西條です。
フランス旅行その2。

パリ宿泊。
屋内は全面禁煙。屋外は全面喫煙。
夜中になるとタバコを吸いに外に出るのだ。

生寒い風、遠くから奇声が聞こえたり、清掃員のような人達が清掃のようなことをしていたりして、
とりあえず気づかれないようにしておかないといけな気もする夜。到着したばかりの観光客とか、海外遠征のスポーツ学生とか、そんな人たちもロビーや駅の前にいたりして。歩き回りたくもなるけど、やっぱやめといたほうがいいような気もして。というまだ慣れていない感覚。で寝る。

朝。
朝食前の一服で外へ。朝8時になっても薄暗いフランス。
この時期はそうらしい。夏は逆に夜の9時になっても明るいらしい。
そうなのだ、だからこの時期は旅行費用が安いのだ。でも楽しさは変わらない気がする。
夏に行ったこと無いけど。

そんな薄空を見ながら煙を吐いていると、突然20代後半くらいのフランス人に声をかけられた。
ムッシュ、から始まるフランス語の文章、ムッシュ以外は全然何を言っているのかわからない、
が、とりあえずその男性は僕に話しかけ続け、一向にその場を去ろうとしない。
ちょっと怖いんだけど、ひるむわけにもいかないので、日本語で、フランス語わかんないから他の人に話しかけてよ僕は今とても穏やかなんだ人柄もねだから決して邪魔をしてはいけないよ罪だよそれは。とずっと言ってたら、どうもタバコを恵んでくれと言っているらしいと悟った。

シガレット
ってセリフだけ聞き取れた。フランス語でシガレットって言ったっけ?と思ったが、とりあえず、一本上げたら、メルシ、と言って去った。なんだったんだろう。彼は全面喫煙の朝の町をテクテクとセーヌ川の方面に去っていった。

朝食はビュッフェ。ウインナー美味い。
すでに地下鉄にかなり慣れた感の僕らはすいすいと14号線に乗り、
オプショナルツアー集合場所へ。
マイバス社というフランスのオプショナルツアーを手がけている会社の前に集合。予定だったが、
地下鉄から外に出たらどこらへんに出たのかわからなくなって、少しの間うろうろ。うろうろしている時間もまたヨーロッパの町並みの中だから、なんだか面白い。ヨーロッパ人はどうも朝は動かないらしく、街はスカスカに人がいない。とても気持ちがいい。お勧めの時間帯だ。
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程なくマイバス社に到着し、やがて同じツアーの観光客もやってきて、
どうもどうも、じゃ一緒に行きますか。と。彼女もルーブルに行くらしい。
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彼女は北海道の女性で、今度青森に嫁ぐらしく、結婚して家に入る前に、ずっと行きたかった場所に行こう、と一人旅を敢行した。若いって素晴らしい。

ルーブルは昔王宮だったらしく、その歴史は他と同じく深い。そしてデカい。
ほんとにでかい。
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庭にはドロップキックする彫刻、茂みの中にもワサワサと謎の彫刻が点在している芸術広場。
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ミニ凱旋門を抜け、ピラミッドを見てルーブルに入る。
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城壁の跡から彫刻の間へ。
おびただしい彫刻群。おお!どれも素晴らしい、芸術は爆発だ!と幸か不幸か知識が無いことが僕を純粋にしてくれる。

教科書で見たことのあるミロのビーナス見る。
真ん中分けのビーナス。後ろから見ると、中年の女性の体をしているらしい。肩がワイルドだ。
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サモトラケのニケを見る。マジかっこいい。
普通、壊れるなら羽の部分が何より先に壊れるんじゃなかろうか、と思うのだが、どうしてこんな姿になったのか。羽と胴体だけの姿が殊の外かっこいい。壊れやすいらしくルーブルから門外不出らしい。後ろには添え木が突き刺さっていた。
でもほんとにこの布のなびき具合とか良く作ったなと思う。そしてこれが作られた時代にも、確かに風が吹いていたんだなぁとロマンチックが止まらない。
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場所は変わって絵画部門へ。
宗教と歴史。権力と名声、こだわり。それぞれ絵画には皆何かしら目に見えるストーリー以外のものも含まれている。中にはでかすぎて見上げるしかないものとかある。まあ天井画とかもそうですけど。口をぽかんと開けて解説を聞く。これはスラれてもしょうがないさ。卵も絵具材にしているなんて驚きさ。絵画を額に入れて持ち運びが出来るようにしたのもダ・ビンチだとか、言ってたような。
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モナリザにも会った。
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妙に人を惹きつける絵。お土産屋さんにも売っていた絵画。僕もポストカードを買った。
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フェルメールとか
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その他、もろもろ、
一度は教科書で見たことのある絵が沢山あった。そして教科書には載っていないのに、すげーいいんですけど、と思わせる絵も沢山あった。が、しかし、絵画部門を抜けて向かった先の古代文明とかハムラビ法典とかの衝撃はもっとすごかった。ていうか、ここが僕のツボだとは、僕も知らなかった。
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もう恐怖以外に何も感じないくらい戦慄が形になっている気がする。近くにいてはいけない。
曖昧な感情が微塵も無い顔をしているからかもしれない。
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これはいったいなんなんだろう。すごく惹かれる。
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ハムラビ法典。
小さい頃は、ハムラビ法典の写真を見ても、なんで法典なのに本のカタチをしていないんだろ、と思っていた。解説を聞くと、そうなんだぁと話はわかってもピンと来ない感じ。今回やっと実物を見てちゃんと理解できた。何世紀前の人だって、伝えたいがために試行錯誤しているのだ。書いてあることは、今の道徳心とあんまり変わっていないらしい。いい事と悪い事のざっくりしたところに関しては、人間が発生してから何にも変わっていない、という証拠である。
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ぐるっと回って出口に来たときには若干へとへとだった。
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ルーブルは本気で見ようとしたら一週間は要すると言われる場所。
僕らは2時間程度で有名なものだけを見た。もう一回来たい場所だ。
絵画の解釈は人それぞれでいい現代。想像力のある人にはまったく飽きない場所なんだろうと思う。

解散するとき、ツアー客の一人がいなくなっていることに気づいた。
どこかではぐれてしまったらしい。その人は60過ぎくらいの男性。明るくていい人そうだったのでちょっと心配になった。その後ルーブルから出られたかしら。
ツアー中、ガイドの声は専用のトランスミッターから聞こえる。一人一人小さなラジオを渡されてイヤホンでガイドの声を聞きながら作品を鑑賞する。そのため、ガイドと自分の距離を測ることが出来ないのだ。
声は聞こえるけど、姿が見えない、という時が何度もあるため、はぐれてしまうのもしょうがないと言える。
お土産はTシャツとポストカード。

ルーブルにある大型食堂でイタリアンの食事。料理を頼むのにも言葉が通じなくて苦労するが、その苦労が旅の楽しみだったりする。
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久しぶりのコーラがうまい。

午後はヴェルサイユに行くのだが、
その前にトイレ&コーヒーブレイク。
マイバス社近くのカフェに入りカウンターでエスプレッソ注文。
フランスはカフェシルブプレと言うと、エスプレッソが出てくる。結構美味くてびっくりするエスプレッソ。
そのカフェのウエイトレスはカップクと愛想が良く、値段もカウンター席だったからか一杯1ユーロ20セントだった。入り浸りたいぜ。
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程なくバスに乗り込み日本語がうますぎるフランス人ガイドと共に凱旋門の向こうへ。

ヴェルサイユ宮殿。ここもマジdekai
でかい。
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きらびやかな中、特に歴史の重みを感じられる。ようなところではなかったが、
ほんとこんなところで生活できるものなのか、キラキラしすぎて落ち着かないんじゃなかろうか。。。
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埋め込まれている人とかいた。
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マリーアントワネットの寝室やら、鏡の間やら。
きっとそこまで複雑には出来てないのだろうと思ったんだけど、大量の観光客も障害物となって自分がどこを歩いているのかもわからない。イヤホンから聞こえる解説も、今いる場所のことを言っているのかどうかわからない。とりあえず、写真だけはバカスカ撮った。そして宮殿から庭に出て解散となったとき、
嫁がいない。

どこかではぐれてしまったようだ、が本当にさっきまでいた。
ツアー客解散後、ガイドの人にお願いして、トランシーバーで語りかけてもらった。
おそらく、イヤホンはまだ耳についているはずだ。
程なく、嫁が宮殿から駆け出してくる。
どうも、最後にみた部屋で、大きな絵画を前にしたイケメンフランスガイに見とれてしまい、
気づいたらみんないなかった、とのこと。どういう理由だそれは。

若干心配したことを損しつつお土産屋に向かい、
またもスプーンを買う。ジャムも買う。
ヴェルサイユで売っているジャム。日本でも変えると思うけど、薔薇のジャムらしい。
どんなもんだろう。まだ食べていない。

時間が無かったが、庭を見たかった。
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すげーでかいのでちょっとしか見られなかったが、それでも即効で記念撮影。
そしてトイレに向かう。
初めての有料トイレはヴェルサイユ。
金払ってトイレに入りたくないと思っていたのだが、背に腹はかえられない
しかし金の置き場は極めて適当になっており、これは管理されているんだろうか、
とトイレに金を払うことより払った金が盗まれないことのほうに驚かされた。

トイレに行ったらすでに集合時間。
走る。
何百年前の石畳を走る。すげー走りづらい。
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本気で走りづらいので真ん中の舗装された道を走ることにする。すげー走りやすい。
バスに着いてほっと一息。ルーブルとヴェルサイユ。二つ回るのは結構しんどい。と思っていたがそこまで体力が落ちていなかった。やっぱり楽しいってのは一番の栄養剤だ。

ホテルに戻る頃にはすっかり元気になって夜のベルシーに向かうことにした。
リヨンから近い場所にあるベルシーは、最近雑貨の専門店が軒を連ねることで有名らしい。

というわけで、次回はベルシー、そしてパリ市内です。
やっぱ8日間の旅行は話が長い。

2011年04月08日

エッフェル塔点灯3

西條です。
昨日も余震がありましたが、もう心は折れません、腹が立つだけです。
しつこいのって、嫌いなんだよね。元気でいるのが今出来ることの一つです。

そんわけでフランス日記です。
二日目のパリ。ルーブル、ヴェルサイユ、と周り、ホテルに帰ってベルシーに向かった。
ベルシー地区。最近、ワイン倉庫を使った連軒その一つ一つに雑貨屋他、洋服屋とかスポーツ用品とか、そんな店が入り、まあショッピングモールである。ヴェルシービラージュと呼ばれる場所。
情報を拝借→http://www.cahierdeparis.com/1_article_121

地下鉄14号線に乗り、ベルシー到着。夜。
夕食までここでショッピングを楽しもう、ということで。僕は食い気なんだが。
結構人が多く、そして日本人も数多く。中国人も数多く。高くもなく安くもないものが多い感じ。吉祥寺のちょっと行ったところにあるような店が沢山ある感じ。
茶こしを買った。ちょっとへんてこな形をしていたのでね。

夕食は同じ場所にあるステーキ屋。ヒポポタマスというレストランで、結構ボリュームがある料理をナイスプライスで提供してくれる。
相変わらずフランス語は何言ってるんだかわからないが、すごく良心的な店員、メガネをかけた黒人がとても気さくで笑顔と愛想笑いを絶やさない。この人がおそらくフランス旅行で一番愛想がいい店員だった。水もくれた。
程なくサラダと肉がやってくる、うまい!嫁は生肉の塊を注文した。すげー。
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レストランで食べ物の写真を撮る日本人は多いようだが、フランスでやってはならない、と事前に勉強していた。が、やってしまった。だって帰ったら日誌書くから。でもなるべくならやらないほうがよさそうな気はする。

満腹リンで帰宿。
朝8:00に起きて、いよいよ最終日。ホテルで朝食を済ませ、
パリ市内を観光。だが一先ず、モントレイユまで行く。
蚤の市がやっているのだ。本当はクリニュアンクールの蚤の市に行くつもりだったが、
月曜と言うことで、物があんまりないんじゃなかろうか、と。
モントレイユの蚤の市は古着市が主。1,2ユーロで買えちゃうという情報を得ていた。

で、モントレイユの駅に着いたはいいが、どこに蚤の市があるのかわからない。
とりあえず、人の波と共に歩いた。

着いた。
始まった最中で、どんどん店が開店してゆく。どんどん人が群がってくる。どんどん山積みになった古着を掻き分けてゆく。
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僕は1ユーロのメイドインポルトガルのチェックなネルシャツ2枚と、25ユーロのフランスっぽいウインドブレーカー一つと謎のメーカーのシャツ8ユーロ一枚とボロボロの栓抜き3ユーロを購入。嫁は爆発的に買っていた、値切り交渉も板についてきて、爆発的な荷物量。

一旦ホテルに戻り、荷物を置いて、
友人がオススメしてくれた場所、サントシャペルへ向かう。
セーヌ川の中洲、シテ島にある裁判所の中にある教会で、ステンドグラスがとても有名な場所らしい。
地下鉄の駅を降りて、テクテク歩くセーヌ川を渡る。
パリの街、どこみても画になる。
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と入場者の長い行列。
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30分ほど待って入場。金属探知機に引っかかり、ドンドン服の脱いでいったらガードマンさんに「ゴメンナサイネモウイイデス」と言われた。中に入る。裁判所内にある教会サントシャペル。

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サントシャペルの二階。
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真っ青なステンドブラス。しばし見入る。ぽかんと天井を見ているしかない。そんなゆったりとした場所。
二階が有名だけど、一階も悪くないぜ。
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柱もいい感じだ。
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それからマリーアントワネットが幽閉されていたことでも有名な、コンシェルジュリという元牢獄へ。
迷ってフラフラしていたら裁判所の中に入ってしまい、ここがコンシェルジュリなんだろうかとしばし困惑。ガードマンさんに聞いてやっとコンシェルジュリ着。
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壁が全面真っ白。
幽閉されていた人のリストに、王の名もあった。
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それからテクテクと歩き、ノートルダム寺院へ。
途中、郵便局発見。
結構おしゃれだ。
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地下鉄の入り口にポストがくっ付けられている。日本と違って黄色い。
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テクテク歩き、ノートルダム寺院へ。
でかい。
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とにかくこの旅はでかいものに沢山あってるけれど、やっぱりここもでかい。
そして入り口の彫刻がウネウネと飲み込まれていく感覚を与えてくれて素晴らしい。
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入場料タダ。素晴らしい。

中に入るとすでに何度も訪れている礼拝堂の様なんだが、
ここはどうもそればかりではない何かが存在していて、ものすごく痺れた。
観光客ばかりの中、なんだかものすごい感銘を受けた。おそらくこの旅で一番の印象である。何かが集まっている場所な気がしてならない。こちらも真摯にならざるを得ない場所だった。
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外観も中身も雰囲気も素晴らしかった。
お土産はキーホルダー。

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ここら辺で腹が減ったので、
カフェでホットドックとクレープを注文。
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土産屋でI LOVE PARIS Tシャツ購入。
エッフェル塔の小さいやつ購入。

セーヌ川を歩き、そろそろ日が傾き出してきた。
映画「ポン・ヌフの恋人」の舞台、ポン・ヌフに到着。
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それからその先にある橋、ポン・デザールに到着。
ここは鉄で出来た橋で金網には無数の南京錠が掛けられている。
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おとづれる恋人達が錠をかけて鍵をセーヌ川に捨てるらしい。ということで、僕らも鍵をかけた。こういうのって、パリの人達がどう思っているのかわからないんだけども。

夕方、ルーブルに向かった。
ピラミッドの前で一服。ルーブルのライトアップもすごく綺麗、思い切り蛍光灯が建物にくっついているんだけど、こんなことして大丈夫なんだろうか。大丈夫なんだろうなあ多分。
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一服し終えたらばすぐに地下鉄に乗って凱旋門に向かった。

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ナポレオンすごいねぇ。
凱旋門そんなに期待していなかったのだが、その姿、マジかっこよかった。
シャンゼリゼ通りからの威風堂々。放射状に広がる道の中心にあるので、
地下に入り口がある。
地下から入場し、階段を上がる。
そうなのだ、凱旋門、エレベーターもエスカレーターも無しなのだ。当たり前か。

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かくしてとんでもなく長い螺旋階段を上る。

息も絶え絶えになってお土産屋のフロアに到着。なんだかわからない模型とか、彫刻とかあり、たのしい。
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若干キムタクに似ている彫刻。ルーブルにも有ったような。
お土産はスプーン。
凱旋門は屋上に上がれると聞いたので、階段を探して屋上に向かう。

凱旋門屋上。
パリ一望。最高。
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よくテレビで見ていたパリの放射状に延びる道々が見える。

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エッフェル塔のサーチライト。
サンキューパリ、サンキューナポレオン、エッフェル塔が点灯した。予想外にキラキラと、銅の色がオレンジと青の光で埋め尽くされる。一時間に一回点灯してくれるらしい。

パリの街。条例で洗濯物を外に干してはいけないらしい。
背丈の大きな建物は建設してはいけないらしい。パリの景観。街を歩けばなんでも素晴らしく貴重なものに見える。半分蓋が開いたゴミ箱でさえ芸術品に見える。ものめずらしい、と言う感覚と、新鮮さ、自国がちゃんと文化を持っているからこそ、他国の文化も素晴らしく見える。デカイゼFrance。

再び凱旋門の長い螺旋階段を降りて、下まで。
凱旋門の足元にはいける。そこで出会った日本人のおばさんに写真を撮ってもらった。
そのおばさんは息子と一緒に来ているそうで、しきりに息子を呼んで、自分が撮った写真の画格がこれでいいのかどうか見てくれと言っていた。ので、僕らはしきりにこれでいいですと連呼。少し気をよくしたおばさんは、もう一枚撮ってくれた。が、まだしきりに息子を呼んで画格の是非を聞こうとするので、僕らはまたしきりにこれでいいですと連呼。当の息子さんはビデオカメラで凱旋門撮影に夢中になっていたようで。家族で来るのもいいですね。
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帰りにムール貝専門レストランで最後のムール貝を堪能。
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カレー味とピザ味のムール貝を頼んだ。結構うまかったが、白ワイン蒸しの方が僕は好き。この店ではアジア人だからって奥の席に案内すると言うことも無かった。ポテトもお変わり自由。夜も結構更けてきたので地下鉄に乗るもの少し躊躇したがタクシーを捕まえることもできなそうだった。
結局、治安が悪い印象は無かった。日本人観光客はまだまだシャンゼリゼ通りを歩いている。どこに行っても日本人がいる。日本人の行動力にも感服する。

ホテルに着いて
深夜まで、ビールを飲んで、明日は帰国。しかも朝早い。
寝なきゃいけないんだけど寝たくない。とりあえずタバコを吸おう。

ホテルの前で一人タバコを吸う。深夜。
清掃員、浮浪者、駅から大きい荷物を持ってやってくる、どこかの国の人。団体。少し見慣れ始めた街並みに別れを告げるのは寂しい。ボンソワールと言って灰皿のタバコを拾おうとしている人がいたので、僕は一本上げた。メルシー、ボンニュイと言葉を交わし、Franceを旅立つ決意をしてホテル戻る。

つもりだったがなぜかホテルの自動ドアが開かない・・・
あれ?
何度か立ち直したが、開かない・・・どうしよ・・・
振り返ると見慣れた街並、、、冬。ホテルに入れない。どうしよ。
携帯電話はトランクの中。電話番号はベッドの横。僕はホテルの外。
どこかから入れる場所は無いだろうか、と非常口を探すも見つからない。
駅で一夜を過ごす覚悟をしたくないのにし始める。
嫁が気づくまで待つしかないのだが、そのまま寝てしまっていたらもうヤバイっす。
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とりあえず明るい場所を探さなければ、と駅に向かおうとしたら、向こうからカートを引いた白人のおじいちゃんが二人、軽い会話をしながらやってきた。もしや・・・と思って待っていると、案の定、このホテルに入ろうとして、自動ドアの前に立つ。しかし同じようにドアが開かない。
?が頭の上につく白人おじちゃん二人。

僕は思わず日本語で「開かないっすよね」と話しかけた。
?にもう一つ?がついたであろう白人おじちゃん二人。そして白人おじちゃん二人は強引に自動ドアをこじ開けた。神は存在するのだ。と確信した僕は便乗して中に入る。若干慌てた感じで従業員がやってくる白人おじちゃんはフランス語で従業員に何かしら話し、僕は何食わぬ顔でそこをスルーし、エレベーターに乗った。すげー、、、びびった!

朝、暗いうちにホテルを出て空港へ。
荷物が重量over。過料で2,3万円取られかねないので急遽、中身を取り出し、手荷物にする。
搭乗。12時間の長い旅。三席あるうち僕は窓側に座り、嫁が横。その横には絵描きらしいフランス男性が座った。映画を3本観た。ブラックスワンとノルウェーの森と宇宙戦艦ヤマト。すげーしんどい。デジカメの写真を見返すとフランスに戻りたい一心。
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やっとこさ日本着。
仲良くなったツアー客とメールアドレス交換。一人は埼玉へ。一人は北海道へ。僕らは練馬へ。
よくわからないけど嵐のポスターの前で記念撮影。

朝、通勤ラッシュの最中、大きなトランクをゴロゴロ転がしながらモノレール、地下鉄。結構大変。
腹が減ったので松屋でカレー食べる。帰国して一番食べたかったのがカレーだった。
家の中に入り、夢の旅行が終わったことを実感して、少し落ち着き、でもまだ寝たくない感じでだらだらと。

たくさんのお土産とたくさんの写真とたくさんの思い出を持って帰ってきた。
ヨーロッパにハマる日本人が沢山いることも良くわかる、とても素敵な旅行。
またお金貯めて行こう。

ハイパークリエイターは「その人の移動距離はその人の想像力、クリエイティブ力に影響する」と言っていた。なんだかそれもわかる気がする。それだけの刺激を海外は持っている。次回作はなんか変わるかしら僕も。

台所の食器入れにフランスのスプーンが沢山並んでいる。
スプーンの頭に買った場所のデザインが施してある。シュノンソー城で買ったスプーンにはシュノンソー城がデザインされて、ヴェルサイユで買ったスプーンにはヴェルサイユ宮殿がデザインされて。使う度にその場所を思い出せる。凱旋門だけは二本ある。一本は凱旋門のお土産屋さんで買ったのだが、もう一本が全然思い出せない。形が若干違う。どっちもいいデザインだ。薔薇ジャムはちょっと微妙な感じだったらしい。ルーブルで買ったポストカードをどこに張ろうか未だに検討中。I LOVE PARISのTシャツは入籍記念日に二人で着てみた。シャルトル大聖堂のマグネットは冷蔵庫に無造作に張られている。モントレイユで買った服は春を待って着る予定。感動は思い返せる。もう一度楽しみたいものばかり、モンサンミッシェルのオムレツ以外は。まあ食べてもいいか。もう一回行けるなら。
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2011年04月18日

僕たちは飲んでいる

西條です。
震災から一ヶ月を過ぎ、徐々に復興に向かう日本。
友人がフェイスブックで上げてくれる現地の写真はホントにすさまじいもので、
津波以前の状態に戻すことはかなり難しいとやっぱり思う。
同じに戻すと言うより、また新しく作ってゆく、と言う感覚で皆取り組んでいる。
まだ心が切り変われない人や、今も大事な人を捜索していたり、家が依然として水浸しで途方に暮れている人もいる。本当に長い戦いになる。僕らの感覚も以前とは少し変わっている。

震災後、観たい映画が変わった。作りたいものも変わった。
題材は変わっていないんだけど、アプローチと落としトコロが変わったと言うか。
元気になるものや震災をそのまま描くのは他に任せるとして、
僕は安全な場所で経験した人達の意思の浮き沈みをヒントに、感じた大事なものを描いていこう。

そんなことを考えながらキャラクター作りをしてゆくと、
なんだか本当に売れる映画とか売れない映画とか、ほんとどうでもよくなる。
毎回議論になるし、企画力の評価もそこらへんで問われてしまう場合があるけれど、
映画の価値ってそこではないと改めて思ってしまう。
まあそう思いながらみんな頑張って作っているのだけれど、頑張ってるからいいものが出来た、という業界ではないので、僕は僕なりに。

4月。花見の季節、自粛ムードで盛り上がらない桜の下、かと思いきや、
そこそこ友達は宴会していたようで。僕は友人から鹿児島土産の芋焼酎を頂き、酒を酌み交わしていたら、花見を終えた友人達が家にやってきて、更なる宴会となり、焼酎と日本酒とウイスキーをぱっくり開けた僕は、何年かぶりに本気で記憶を亡くし、その日の自分が何を言ってたのか全然覚えていない。
朝方バリバリ元気良く吐いていたことは覚えている。

弟がこの前やってきて、またも焼酎が土産。
焼酎はすっかり土産物として定着したんだろうか。
バランスボールにしがみついて旅行の話しなんかする弟もそこそこ幸せそうで良かった。

震災後の融解座に顔を出し、何事も無い常連さんの顔を見て安心。
某先輩は昨日カラオケ屋で殴られて右目を腫らしていたけど。先輩らしくて少し安心。本人は大変だろうケド。

iphoneでアクションゲームをダウンロードして遊んでいるのだが、
まるでボスが倒せない。強すぎる。それでも倒した。でもまた新たなボスが現れて更に倒せない。
しかし僕は負けない。

数年ぶりにカラオケをした。10年ぶりくらいかもしれない。
歌えるは20年前くらいのものしかなかった。

プリンターを変え、名詞を作りなおそうと用紙を買って、
そのメーカーのHPからテンプレートをダウンロードしたら、トロイの木馬が入っていた。ナイスジョークと思うようにした。

西條組作品「土井さん不幸」字幕が完成し、海外での上映も可能となった。
もう一回短編集の一遍を監督してみたい。オムニバス映画って面白い。企画モノ結構好きなのだ。と教えてもらった「女子女子over8」。今度ドイツで上映決まったらしい。ドイツに行こうか迷い中思案中。

ゴールデンウィークもそろそろ。
今年はあんまり旅行の気分ではないらしく、都心から人が消えることもなさそうだ。
数年前にゴールデンウィークを利用してこの作品を作りたいと書いたシナリオがあるのだが、
全然制作のメドが経たず、放置状態。なんとか作りたい中篇。誰に相談しようかしら。金より仲間が必要だ。

台湾からの義捐金が100億円と友達が言っていた。すごい。大国に匹敵する。他の国も沢山援助してくれているが、クウェートが原油を結構な量無償提供とか、あまりにも話がでかすぎて僕は想像力が追いつけない。氷室京介が全曲BOOWY曲でチャリティライブをするらしい。とか、日本中も世界中も出し惜しみしない。僕も再度、義捐金を送らなければ。

一人では不安な夜も、僕は幸運なことに二人で過ごしていた。
それでも不安は不安だったわけだ。11日は深夜に実家の方に大きいのが来たし。
慌てて電話したら親はあんまり感じてなかったみたいだったけど。
そろそろ友達みんなに会いたい。

そんなわけで日々の生活をちゃんとしていること。
たまには飲むこと。
元気でいること。なんで生まれてきたのかとか、生きているのか、なんていう疑問を持つ人が今はあまりいない気がするわけで。僕らは自分が思うちゃんとをしてればいいのだ。
と1ヶ月経って再び思う。

さっき作った冷やし中華がすごく美味い。そんな季節。先取り。

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