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2008年07月に書かれた日誌

2008年07月04日

目の手術をした1

西條です。
透き通る空が広がっていますね。現在裸眼でそれを見ています。

最近チマタで流行っているレーシックの手術を受けました。
僕は裸眼で0.04の視力。
小学校の頃から目が悪くなり、母親と共に自転車で目医者に通ったこともあります。
中学校の頃からメガネを掛け始め、買い換えたのは3~4回。
その都度、視力の低下に肩を落としていました。
でもここ数年はすっかり視力も安定し、眼鏡市場でおしゃれなフレームを買っちゃおうかなと思うくらい余裕をかましておりました。
レーシックの存在は昔から知っていたのですが、ここ最近は新機械の導入と紹介キャッシュバック制ですっかり流行りだしています。でもまだその安全性には保証が無く、手術を決断するにはそれなりに勇気が必要。また、流行っていることから、今後、より高性能な機械が開発されるであろう、タイミングを図るのが難しいですね。
現在数えで34歳。大体22年間くらい、眼鏡を掛けていました。コンタクトレンズを購入したのは、
22歳の時なので、12年使っていたことになるのか、外に出るときしか使わなかったので、いつまでも手入れに慣れることは無かったわけです。

スタンダードに視力回復への憧れを持っていたわけですが、
今年初旬のパイロット版作成の時に、視力の低さが響くな、と何度か思いました。
画面のディティールが見えていなかったことと、コンタクトと眼鏡の度数の違いと、もっと寝ていたいという欲求と。眼鏡時とコンタクト時では顔が違うらしいので、話しかけないと気づいてくれない人がいたり、ドライアイなのでコンタクトの長時間装着はえらく大変だったわけです。水中にも入りずらいしね。

一念発起。話に聞くと老眼は40歳過ぎた頃から徐々に始まるらしく、
どの道今手術しても、完全に裸眼でいられるのはその歳まで。逆を言えば、40過ぎてから手術をしても老眼鏡を掛けることになるならば。。。ということで。
あれこれ調べて情報収集する度に迷いましたが、受けてきました。

今日は術後3日目、順調です。

手術当日。
再度視力検査をして、今日のほうが視力が出ているね、視力って体調に左右されるんだよね、
と説明される。
映像の仕事をしているので、コントラストとか、パソコンを長時間見る時に支障があると困るんです、と
相談。あまり見えすぎてしまうと返ってよくないのかもしれない、とも。結構相談に載ってくれる。
納得して1.2、1.5を狙っていきましょう。ということになり。手術フロアへ。
非常に緊張している僕がいる。口の中が乾いてしょうがない。

説明を受けた後、かなりの時間待たされる。
一緒に待っている人は髪の毛を覆うキャップをはめながら、寝に入っている。
僕は3分の1程度、逃げ出したい気分。
しかしあと10年、裸眼でいられるというのは、とても魅力的だ。というか、奇跡に等しい。

何分くらい待たされたのだろうか、名前を呼ばれ、目に麻酔をしてもらう。
もう、後戻りは出来ない・・・ああ、どうしよう、手術が失敗して目が見えなく成っちゃたら・・・映画が作れなく成っちゃったら・・・数年後に支障が出て気が変になっちゃったら・・・等等。果てしなく広がる絶望的想像。それと戦う目が見えるようになったらどんなにいいだろう、という期待。
せめぎ合いで口の中がカラカラである。しかし、事実、後戻りは出来ない。

スタスタと、先ずはフラップの作成室に移動。
目玉の上を切って蓋を作るのである。その後、それをはがしてレーザーを当てて、蓋を元に戻す、ということなのだ。
裸眼で0.04.手術台に行き着くまで手を引っ張ってもらう。

手術台に寝転がる。
よろしくお願いします、と言って、
寝そべると、目の前に煌々と光る機械が設置される。昔見たSF映画のようだなぁ、と軽く考えることに終始。
担当ドクターが名前を言って、よろしくお願いします、と。
目はすでに麻酔で何かが麻痺しているのだろうが、あまり麻痺している感覚も無いので、不安はなかなか拭い去れない。
そんな中、なにやら器具が目に当てられる。目の近くは灯台下暗し。何やられてるんだかわからない。
まずは右目から。

目の周りをグイっと押し付けられる。結構な圧迫。しかし痛くはない。
目前は機械の光。その光が段々とぼやけてきて、最後には目の前が真っ暗になった。圧迫で視神経を遮断しているらしい。
赤い光を見て下さいね~
と言われてとにかく見るようにする。赤い光はなぜか見えた、ようなな気が。
なにがどうなっているのやら。
それからすぐに、機械音が聞こえ、確実に目に何かしていることがわかるような、状況。感覚は無い。
右目終了。
次は左ですね~
と左の目に映る。
僕の効き目は左。
右目より、なにされているのかよく見える。。。
次回に続く。

そんなわけでレポートは次回に続きます。
まだ目を酷使できないので、パソコンもそんなにしっかり見ちゃいけないのよね。
そんなわけで、お楽しみに。
今とのところ、目は順調です。
空がとても、綺麗に見える。

西條

2008年07月07日

目の手術をした2

西條です。
前回までのあらすじ
「最近流行のレーシックを受けるべく、クリニックへ向かった西條は待合室で肥大する緊張と戦い、ついにフラップ作成室へ向かうのだった」

そんなわけで右目のフラップ作成は終了。
次は左目の作成。
事前の検診で僕のきき目は左目であると知らされている。
だからなのかどうなのか、目前に設置されたSFチックな機械が右目をいじったときよりもはっきり見える。焦点が合っているというか、その機械の形がよくわかるというか。

手術の方法はもちろん右目と一緒。
麻酔の掛かった目を何かで圧迫。
しばらくすると、徐々に視界が真っ暗になってゆく。。。
何にも見えないはずなのに、赤い光は見える。そんな状態で、フラップを作成。
程なく終了。
目を閉じてしばらくそのまま待たされる。
それから目を開けると、

真っ白くぼやける世界。
西條「白いっす」
看護婦さん「今、角膜とフラップの間に空気が入っているので、白く見えるんですよ」
目の上の皮が切れているとはまったく思えない。全然痛くない。
それから看護婦さんに手を引いてもらって、レーザー室の前の椅子に座らせてもらう。
レーザー照射室が空くまで、ずっと目を閉じて待って無ければならない。

この時点で怖いからって騒いだら自分のためにならない。
最後まで行くしかない。
しかし情報過多社会に浸りきっている一人間としては、あらゆる想像をしてしまう。
なるべくいい事だけを想像しよう、と、目が見えたときの感動をイメージしてみるが、なかなか上手くいかない。また口の中が乾きだした。

廊下を歩く足音を聞くことにする。
目が見えなくなったとしたら、耳でどのくらい聞き分けられるのだろうか、とそんなネガティブなことばかり考えてしまうがそっちのほうが想像しやすいのでしょうがない。
スタスタと歩く足音が横を通過したり、向こうの通路を曲がったり。結構距離感がつかめるなあ、と面白くなり出した。向こうから来る足音が体の横で停まった。
看護婦「では、次はレーザーです」

白く見える世界のままにレーザー照射室に入る。
少しでも手術の失敗を恐れる僕としては挨拶は欠かせない。
西條「よろしくお願いします」
医者「はいよろしくお願いします」
看護婦「ではここに寝てくださいね」
と寝かされて、まな板の鯉。
姿勢の悪い僕は背骨が曲がっているので、まっすぐに寝ているつもりがまっすぐになっていない。
何度か看護婦さんが姿勢を直してくれた。
医者「動かないで下さいね~」
西條「はい」
しかし体を拘束するものは、無い。
いつでも逃げ出せる状態。しかし逃げ出したら0.04で世界は真っ白だ。
でもレーザーが当たっている最中、堪らなくてわぁああ!と思わず逃げてしまう人もいるんじゃなかろうか。
つまりは若干拘束して欲しいと思った。

目を開けて、
まずは右目から。
医者「上を見てください」
目の下に何かガーゼみたいなものを付けた。
医者「下を見てください」
目の上に何かガーゼみたいなものを付けた。
その後また何かしたような気がしたが、今となってはあんまり覚えていない。
目の前に、おそらくレーザー機械であろうものが設置される。
医者「赤(だったか緑だったか)色の光を見ていてくださいね。
西條「はい」
そのうち目の前の光景はぼやけて光がボワっと見えるだけになる。

さっき作ったフラップをめくり、角膜に、レーザー照射!開始!
助手がカウントをする。しかしカウントダウンではなくカウントアップである。
助手「5秒です・・・10秒です・・・15秒です・・・」
ぉ・・・いつまで続くんだこれはぁ
そのうち「1分です・・・5分です・・・」とかなったらもう精神がもたない。
そのうち焦げ臭くなってきた。
おお!?なんか焦げてませんか!!
焦げているものは見当がつくのですがつまりそのあれですかそれはつまり
助手「20秒です」
医者「はい」
照射終了。
世界で一番長い20秒をもう一回体験しなければならない。
そして左目はやっぱり右目よりもよく見える。
何されてるのかわかる。
ガーゼのようなもの当てられて、それからなにかしたと思うがなんだったか忘れた。
目前の機械はさっきよりもはっきりと見える。
医者「大丈夫ですか?」
西條「き、緊張しますね」
医者「予定通り終わってますからね」
西條「そうですか」
左目、照射!

照射し終わると、
フラップを元に戻す。手作業で医者がなにやら細い針金のようなもので戻してくれる。
それから目を洗浄しているんだろうか、なにか液体をジョコジョコと沢山表面に流してくれる。
さらにフラップをハケのようなもので整えてくれる。
そのすべてが、はっきり見える。目が開いてますからね。
痛くは無いし、医者は手早だ。

言われた通り目を閉じて、しばらくその場で待つ。
とりあえず、もう焦げ臭くは無い。
少しの安心感。気を落ち着かせて、目を閉じたまま。
看護婦「では目を開けてくださいね、休憩室に行きます」
西條「はい」
目を開けると、まだ白い世界。が、、、見える。

休憩室まで看護婦は手を引いてくれない。
見える、白くて黄色い廊下の壁や、椅子、なにやらやけに見える。まだぼやけてはいるのだが、
目が悪くてぼやけている感覚ではない。初めてコンタクトレンズを入れた時のような、見えるんだけど、まだ見え方に慣れていないといった感じだ。

休憩室に行くとすでに手術を終えた患者さんが何人もリラックスチェアに座って目を休めている。
僕も座る。
15分くらい経って集団で名前を呼ばれ、最終検査。
検査を待っている最中も、見える見える。電灯は言われたようなハローという光の幕がぼんやり乗っかっている、けど、見える見える。見える、見えるぞこれ、、、なんだこの手術は。
最終検査を終えて点眼薬を貰い、サングラスをかけて、ロッカーに入れた鞄とさっきまで付けていた眼鏡を手に取る。
看護婦「お疲れ様でした」

気の弱い僕は、思い切り疲れた。
それ以上に、今、目の前にあるものが、よく見えるこの状況に圧倒される。
トイレの鏡で目を確認してみる。思いっきり機械で圧迫した後が白めに残っている。
強度近視の僕は削る角膜も多いため、圧迫強かったらしい。チマナコである。
でもよく見える。。。
まだ窓外の大きな電光掲示板の文字なのは、ぶれてて見えずらいけど。
心配してくれた彼女が迎えに来てくれる。
実は彼女はすでに1ヶ月前に同じ手術を受けている。先輩、一気に気が楽にもなる。

帰ろうか。

経過を報告して、電車に乗る。
彼女が手術を受けた時は、僕が迎えに行った。その際経験したこれから1、2時間以内に起こることのために、家に帰ろう。
満員電車の中刷り広告がドンドン見えるようになってくる。
目の前に立つ人の服の柄が細かく見えるようになってくる。
その人が持つ新聞の見出ししか見えなかったものが、記事まで見えるようになってくる。
そして予想通り、ドンドン目が開かなくなってくる。
目を閉じても開けても苦しい。
次回に続く。

そんなわけで、また次回に続きます。
術後、4日目、非常になんでもよく見える。
鏡を見ると、太ったなあ、とかね。
ただやっぱりうつ伏せに寝れないのは辛い。猫背なんで仰向けに寝るのがしんどいのだ。
目がよくなって姿勢もよくなるといいんだけどね。

西條

2008年07月10日

目の手術をした3

西條です。
前回までのあらすじ
「最近流行のレーシックを受けるべく、クリニックへ向かった西條は待合室で肥大する緊張と戦い、ついにフラップ作成室へ向かうのだった。平静を保たせながらフラップ作成、レーザー治療を通過し、手術は終了。ついにコンタクトレンズを使用した時並みの視力を手に入れたのである」

中野坂上から乗り換えて家へ。
その間、すさまじく目が開かない。
例えていうと、まぶしくて目が開けられない。アレルギーで目が開けられない。のような。
そんな感じに近い。

涙が出ないのだ。
だから目を開けていても閉じていても苦しい。痛くは無い。
これが、俗に言う、ショボショボするということなんだろうね。
彼女に手を引いてもらいながらの帰宅。
本当はこの症状の際、もらっている目薬をつければ、一発で治る。しかし、タイミングが悪い。
ラッシュ時の駅。目薬タイムは帰宅してからがいい。そのほうがフラップもよれない。
地方からやってきて、手術を受けて、新幹線でその日のうちに帰る。という人も多いらしい。
みんな新幹線の中でこんな状態に陥ってるのだろうか。大変だぁ

もらった目薬は5種類。
そのうち青いキャップの薬は強力な鎮静薬。一発でこのショボショボ感が治る。
ただとても強力なので、一日2、3回までにしてくれ、とのこと。
他の4つを点眼してからこれを入れたい。
しかし家の階段を上るのも大変だった僕は、ショボショボすぎて点眼の仕方を間違えた。
青いキャップの薬以外の4種類の点眼薬は、5分間隔で点眼しなければいけないのに、
いっぺんに点眼してしまったのである。錠剤をいっぺんに呑むような。

いかん・・・がこれといって支障は無さそうな感じ。
おそらく間隔をあける理由はそれぞれの効き目が薄れるということだけなのかもしれない。
混ざって恐ろしい化学反応が起きるということはなさそうだ。
青いキャップの点眼薬を目に入れる。と、いっつっつっつっつぱつで治る。
まったくショボショボしない。おぉ・・・
その後、一時間間隔で点眼を繰り返す。

手術後の2、3時間は思い切りピークショボショボするので、覚悟しておいたほうがいい。
それからプラスティックのカバーをサージカルテープで目の周りに張り、床に就く。
寝ている最中に目をコシコシこすらないようにするためだ。
しかし僕は姿勢が悪い。よって背骨が曲がっている。だから毎日うつぶせに寝ている。のだが、
今日からしばらくは寝られない。これが、きつい。
うつぶせに寝たい衝動と寝てはいけない義務感で寝られない。
う~ん、う~ん、と結構うなる。

それでもいつかは寝るもんで、気がつけば翌日。
翌日は翌日検診というものがある。
午後に再び病院をおとづれ、検診を受ける。すさまじくよく見えている。
昼間の景色はとてもすばらしい。黒い保護用のサングラスをしているものの、
何もかもがよく見える。ああ、こんなにも世の中ってディティールが素敵だったのだね。

病院で名前を呼ばれて、視力検査をするものの、視力を教えてくれない。
なんでだろう?
それからしばし待って、医者に見てもらう。
医者「うん、きれいにフラップが閉じてありますよ」
とニコニコ。
僕もニコニコ。
医者「これからは点眼駅を3つにして、一日5回、点眼してくださいね」
西條「はい、ありがとうございました」
医者「お大事に」
と笑顔で言った医者の目には青いコンタクトレンズがしっかりと張り付いていた。。。

戸惑いながらも
すでに後戻りのできない状態の僕は、何事もポジティブに考えたいと思う。

そんなわけで昨日一週間目の検診に行ってきた。
何も問題は言われなかったが、こちらから「ドライアイなんです」と言って
はじめて「ドライアイだ」と気づく医者。
医者「涙成分と同じ目薬を出しておきますね」
がそれも会計の人に直接僕から言わないと、もらえなかった。
些細なことで不安というものは募ってゆくものである。

極度の近視で、尚且つドライアイで、僕のようにコンタクトレンズってもの自体が合わない人にはお勧めの手術。しかし夜間は結構見えずらくなりますので要注意。

コントラストが弱まるというのは、すでに周知の事実ですが、ほんとに見えずらくなった気がします。
これは一生治らないそうです。
夜間は光が二重に見えます。網膜へ届く光の屈折がなんたらかんたらでという理由で、改善されるかどうかはまだわかりません。結構見えずらいです。
なぜかテレビ画面はメチャンコよく見えます。
もともとあるドライアイは治らないそうです。ちなみに僕は、通常の人が一回の涙を10秒、黒目の上にためることができるところを、2秒しかためられないそうです。つまり、20秒たまるところを、4秒。30秒たまるところを、6秒。といったドライアイ。
ハロ・グレアに関しては、むしろあまりに気にならない。このくらいの反射的な代物は、メガネでもコンタクトを付けている時でも、僕はありました。
今後、近視が戻る可能性があります。それもそうなってみないとわからないことらしく。
でもレーザー照射で削られた角膜は一生元に戻りません。僕は後一回だけ再手術が可能らしく、通常の角膜の厚さなら、大体みんなそんな感じらしいです。
もともとある飛蚊症は改善されません。けども、遠くが見えるので遠くを見てしまうため、あんまり気にならなくなります。
点眼液は用法を守りましょう。
防腐剤の入っていない点眼液も用法を守りましょう。こっちは期間中に使い切らないと腐りますから。
18歳未満の方は手術を受けられませんが、その理由は視力がまだ変動する可能性があるから。
つまり18歳未満の方でも視力が案手していなければ、受けないほうがいいです。もうしばらく、2、3年は待ちましょう。一番手術するいい年齢は、僕のように、30代前半か、20代後半、なんじゃないかな。
たまに左目の脇の部分がチラチラします。それは目の中の水晶体が動くかららしく、あまり問題ではないそうです。が、僕は多少気になっています。
たまに光景が白味がかかったようになります。原因は不明。ドライアイのせいかもしれません。
術後一週間。まだ視力が安定していないのか、それともこれで安定しているのか、二重に見える光が改善されるのかどうか、まだ全然わかりません。

とにかく、夜間が問題です。
僕は見えずらくなりました。それでも前よりは遠くが見えますから、安全性はかわらないのかもしれないけど。夜間の車の運転も出来るのかどうか、やってみないとわかりません。
と、いうわけで。

昼間はすばらしく快調。
ドライアイでなければ、もう最高にハッピーです。
夜間、光が二重に見えるこの症状がどれだけ時間をかけて改善してくれるかがカギです。
スタジオに入った際に支障があったらイヤだなと思っています。光の見え方がそんな不安を掻き立てるわけです。それ以外はすべてハッピー。
風呂に入っても自分の顔が見えて、ちょっと恥ずかしい。
徐々に慣れていければいいのだけれど。

そんなわけでこれからも徐々に経過を報告します。
ネットでれーシックを調べてもあまり悪いことは書いていません。
しかし、始まってまだ20年にも満たない手術です。ですんで、これからどんなことになってゆくのか誰もわかりませんし、角膜の強度は確実に落ちますし、後遺症が残る場合もあるし、結局は近視自体が治ったわけではなく、強制屈折手術なんです。

術後、10日目。視力は結構案手していますが、まだ夜間の光は二重に見えます。
その他、こまごまといろんなことがあるのですが、その都度小分けに書いてゆきます。今年一年は様子を注意深く見たいと、そんな気持ちであります。
海には3ヶ月入れない、らしいですが、入ります!だって、夏なんだもの!

2008年07月14日

PC改造中

西條です。
実は、先週からうちのパソコンをエンジニアの方に渡して、
CPUをコア4にアップさせてもらっています。
ので、実は先週の水曜日あたりからのメールは一切受け取れておりません。
ごめんなさい。WEBは代わりのPCをかしてもらっているので見ることが出来ます。
そんなわけでメールくれた人、あんまりいないと思われますが、ごめんなさい。

以外にもWEBで一番自分がアクセスしているのがミクシであることに気づいた。
あとウィキペディア。それとヤフーの映画紹介サイト。そして天気予報とニュース。
自分的に旬だからレーシックのサイト。アメカジキャップのサイト。
お気に入りは結構グジャグジャになっているものです。
WEBの検索履歴を見ると、今の自分のベースと、気になっていることがよくわかりますね。
そんなわけで今週の中ごろになると思われますが、
PCがCPU×4つになって帰ってくる予定。どんな感じになるのやら。

昨年買った500GBの外付けハードディスクに
何でもかんでもバックアップしつつ、なるべく目にしみない様にタバコを吸う。
そういえば映画「クライマーズ・ハイ」見てきました、面白かったですよ。
セリフがメチャンコあり、カット数もメチャンコあり、混沌とさせながらも、ちゃんと作品の中に入れてくれる。山のシーンは景色がいいんだからもっと長めにカットを使えばいいのに、と思ったけど、
それ以外は圧倒されるばかりでした。役者の演技も皆すごくて
僕としては満足のいく映画。

当時、日航機の墜落事故が起きた時、僕はまだ小学生だったんじゃなかろうか。
日々のアニメが気になってニュースなんか全然興味を示さなかった年頃。
あまり詳しく知らなかった事件ですが、今回映画をきっかけに調べたり考えたりしました。
仕事先には群馬県出身で、当時、中学生だった人がいます。
その人は、ちょうどその時、母親が入院していて、病院のテレビでニュースを見ていたそうです。
救出された女の子がヘリコプターで搬送されてゆく映像をテレビで見ていたら、そのうちヘリの音が聞こえてきたそうです。鮮明に覚えているその光景とその事件。
映画の中では事故現場の描写はほとんどありません、すべてセリフや表情、行動で描かれます。
ボイスレコーダーが数年前にテレビで公開され、その音声を聞いたことがあります。その時だってなんとも悲しくなりましたが、今回映画を見た後に、動画でアップされているものを見ると、思わず祈ってしまう。なんとかなってくれと。もうすっかり遅いのに、自分に何が出来るだろうと思ってしまう。
事故現場は凄惨なもので、500人以上の人の体が、バラバラになっていたそうです。
容易に判別が出来ず、身元の特定には時間を費やしたそうです。写真を見たことのある人曰く、見るもんじゃないと言ってました。
NHKのドラマでも放送されたことがあるそうです。こちらも機会があれば観てみたい。
映画には事件を知らせてくれたことに感謝しています。皆さんも、是非。

レーシックのおかげでよくは見えますが、
まだ寝起きとか、夜とか、白いものが反射していますし、二重に見えます。これ治るんだろうか。
はたまた乱視を意識するようになったのだろうか。
術後3日目。用事があって中野ブロードウェイに行った。
目は少しゴロゴロしているが、徐々にゴロゴロ感が取れている感じ。
自転車にも乗れる。飯田さんと偶然会い、
西條「その帽子いいね~」
と余裕かます会話をしたり。この手術は翌日から普通に近い生活が出来るようになるのがすばらしいですね。しかしドライアイは難敵だ。
今日は術後、14日目。どこか遠くに行って遠くを見てみたい。

噂を聞きつけトニーレオンが結婚したとか、しないとか、
ネットで調べてみたら、マギー・チャンがツァイ・ミンリャン監督の作品を辞退したとかしないとかの記事を発見し、そっちのほうが目を引いた。なんとツァイ・ミンリャン監督新作にはレスリー・チャンが何かしらの合成によって出演するような、そんなことが書かれている。う~ん、、、いいんだか悪いんだか、複雑な気分だ。

そんなわけでやっと酒が飲めるようになった僕は今週から浴びるように飲みたいと思っています。
付き合ってくれ。

2008年07月16日

エディに会う

西條です。
思い切り暑い。
誰かが言ってました。
「中国産でも、どこ産でも、うなぎはうなぎだからね」
夏バテ防止にうなぎを食べに行きます。

今日は朝早く起きた。
なぜかというと昨日ぐっすり寝たからです。
なぜ昨日ぐっすり寝たのかというと、たくさん飲んだからです。
なぜたくさん飲んだのかというと、いい飲みが出来たからです。
そんなわけで術後、2週間が経過。
いっぺんに飲むのではなく、こまめに飲んで行きたいのさ。

久しぶりに大田さんと会った。
大田さんは役者さんで、20世紀時の西條組作品に出てくれた人で、
現在「東京モンスター」という劇団で活躍している、僕からすれば、兄貴的存在の人である。
サバサバしていて明るくはっきりしてる人。何でも話せてしまうので、ついつい話も長くなる。
唯一、僕を下の名前で呼ぶ人でもある。
6月に、電話で話しをした際、まったく話が切れなかったので、まあ僕が一方的に話をしていたんだが、
大田さんが気を使って、そんなに話したいことがあるなら、今度会おうぜ、とそんな運びで7月。
なんだかんだと2年ぶりくらいの再会となった。

だからって人が早々変わるわけでもなく、
大田さんは見た目も含めて大田さんのままである。話もはずむ。お互い香港映画が好きだったりするもんだから余計だ。香港映画の話をすると、当人はミーハーな話題をしているつもりなんだが、日本ではマニアックな話題になってしまうので、ついてこれる人は非常に少ない。そんなミーハーマニアックな二人。会わない間に、お互いいろんなことを経験していたんだなと。
大田さんはどんなに苦境に立たされても欝状態にならない。
大変なことになると、これはホラーだな、と思うらしく、そのすべてを人生の糧にしてゆく、その力。
ドラゴンだ。なんか知らんけどドラゴンな感じだ。

ドラゴンと別れ、新宿から池袋へ。
今度は大学時代の後輩に会った。
最近またつくづく思うのだが、大学時、クラブに入っていて良かったホントに。いい人達によくよくめぐり合っている。この前、コンペで新しく企画を書く機会があったので、
それを作成する際、その後輩に電話取材をした。
後輩は最近結婚し、順風満帆のモー娘。ファン。
後輩「映画音楽を造りたいと思っている人からサンプルのCDをもらったので、渡す」
との事。
池袋で待ち合わせた。
ちょうどヨッシーと飲もうかということにもなっていたので、受け取ってからヨッシーと飲みに行くつもりであった。そんなわけで後輩とヨッシーと僕で飲みに行く事になる。

ヨッシーは会う前からすでに飲んでおり、お金をおろすことを忘れていたようで、店を物色している最中に思い出し、慌てておろしにコンビニへ。非常にヨッシーらしい行動なのだが、ヨッシーのことを知らない人からすれば、どうでもいいようなエピソードですな。知っている人ならヨッシーの姿が思い浮かぶだろう。

そんなわけでその昔、p-kraftのメンバーで最近DVD発売になった?まだか?の
「東京失格」という映画の音楽を担当したクルサントというバンドのメンバーでもあるエディの送別会会場になったブラックシープに向かう。
エディはバンクーバーに半年いた後、日本に帰国。映画の公開後、ロシアの大学教授として、ロシアに転勤していった。向こうで、文化比較なんとか、という授業を受け持っているらしい。
そんなエディの送別会で知った店ブラックシープ。土日はバンドが生演奏してくれます。

ヨッシーを待つこと無く、先に店に入る。
と、
なんと、そこにエディがいるではないか!?

お互いびっくり。
なんでいるの?ロシアに行ったんじゃないの?
いや~6月から9月まで夏休みでこっちに帰ってきてるんだよ、
とのこと。
とはいえ、まさかの偶然である。送った場所で再会。
ドラマみたいなことって、あるもんなんだねえ。
それから後輩とヨッシーとエディと僕で飲む。面白い取り合わせだった。
なぜか後輩もロシア語が出来るようで、ロシア語で話をする二人を見ているヨッシーが絵に描いたように感嘆したり。終電まで楽しく飲んで帰った。

そんな感じの一日。タメになるような事は無いのだが、人生の中で十分な一日を満喫した。
今日の日誌はこれだけです。

術後、2週間目。
夜間の視力は落ち、やはり前と比べて暗い。そのうち前の記憶が無くなって、これが普通になるのだろう。そうなってもらわないと困る。だからしつこく書いておきます。
光はまだ二重に見える。乱視の疑いあり。まだ2週間目なので自他共になんとも言えない。
ハロ・グレアは徐々に収まっている。
左目の奥が多少ズンとする。
左目の左脇がやはりチラチラと流れるように見える時があり、ホントに気にならなくなるのかわからない。
明るいところから暗いところに行くと、人の肩あたりが白く飛んで見えたりする。
近くのものが見えずらい。薄暗い建物の中で近距離で話すと、顔がうまく頭に入ってこない。
でも照明が当たっている女性の顔はよく見える。それは女好きだからということではなく、化粧のせいと思われる。
そんな感じかな。
いいことも沢山あるのだけれど、それはどこのサイトにも書いてあるので、敢えて悪いことを書いています。
とにかく昼間は最高に良く見えます。だから夜間との差が激しいんだよね。

そんなわけで、まさかエディに会うとは思わなかった。
エディが音楽を担当している映画「東京失格」今度DVD発売されます。もう出たのかな?まだか?
良かったら是非。そして見たら是非、ブラックシープに行こう。ロケ地なのでね。
あ、西條組作品「恋鎖」もよろしく。
まだまだTSUTAYA他で絶賛レンタル中です。

2008年07月24日

PC飲み渡り

西條です。
とにかく暑い日が続いていますが、まだまだ夏はこれから。
セミの声が聞こえ始めましたねぇ。僕は飲みまくっています。

毎日が夏休み。
と言いつつも、やっぱり生活しているならば、
本気で夏休みなわけじゃなく、それなりに仕事はしている。
夜勤なので、空いた夜に予定が集中してしまいます。
昼間にシナリオを書き、夜は仕事、か、飲み。みたいな。
おかげで下っ腹はタルタルです。フォアグラです。

突発的に飲みに成ったり、飲みに誘われたり誘ったり。結果的に、仕事の日、以外は飲んでいる。

先日、久しぶりに行った飲み会で、結婚報告を受けた。
先日、久しぶりに会ったライターさんと盆踊りを見てKYな僕を実感した。そして軍鶏なんぞ食べた。
先日、久しぶりに会った好青年に悲しみのカフェで流氷を国土とする独立国家建設を提案した。
先日、PCが帰ってきた。

そんなわけでPCが帰ってきました。
クワッドコア。CPUが4つ。
どんなもんだろう、と思って先ず驚いたことは、画面が綺麗になったこと。
なぜか、、、それは、、、わかりません!
CPU、アクセラレータ以外もチョコチョコと替えていただけたので、そのおかげで。であろうと。
壁紙にしているアルプスの山も、とても綺麗に見えます。
きっと今度の拡張はモニタの購入になるでしょう。

ひとまずこれで、レンダリングの速度や同時にアプリケーションを立ち上げた時の強度は増した。
その証拠に、フォルダを開く速度が異常に早くなりました。証拠じゃないか?速いっす。
大きすぎてカクカクしてしまう動画ファイルの再生も、少し改善されました。
早く編集してみたいなと思っています。が、編集するものがありません、何か作んなきゃ!

しかし未だに人魚のシナリオを書いています。
もうほとんどで来ているのですが、まだ納得が言ってないところがあり、
それをどう自分の中で納得してゆくか、あとはそれだけだ。
なんだかすっかりキャラクターにシビアに成っています。
このキャラクターはこんなこと言わない、とか、きっとこうする、とか、ほとんどストーリーは二の次。でもそれでいいんだとそこは納得というより確信に近いものを持っています。そんなわけで、

そろそろまた飲みたくなったので、
誘われている人達はまだまだいるので、
飲みたい人達はまだまだ沢山いるので、
連絡しちゃうぞ!と思ってふと、気になって翻ったら、金が無い。
おお、金がなくなったぞーーーーーーーーーーー!
酒に消えた金。
生活には困りませんが、クワッドコアにしたことと、これからの出費を考えると、今使える金が、思ったほど多くない、という感じなのだ。昔から堅実且つ計画性のある人間として通してきたので、気づける才能があるのさ。真実はそんなことよりもっと稼ぎなさいということでしょうけども。

そんなわけでついに夏です。
すでに八月もイベント盛りだくさんです。

しかし思い返すと僕は昔、夏が嫌いだった。
なんだか暑いし。とにかく暑いし。でも思い出を辿ると夏の思い出がとても多い。
雪国出身なのに。冬も大好きだけど。冬のほうが好きだと思っているんだけども。
特に今年の夏は、なんだか待ちわびた。待ちに待った。やっと来たかと気分は上々だ。
夏が好きだと素直に言えるとは。。。きっと昨年の夏が非常に楽しかったんだろう。
果てさて今年はどこに行こうかしら。どこでも寝れる、眼鏡、コンタクト無しだから。

レーシックの術後、23日が経過し、
目は徐々に安定している、気がする。
徐々に脳ミソが目を受け入れているのだろうか、まだまだ明るいところから暗いところに入ると、白く霧が掛かったようになるし、ステンレスの光っているところが少女マンガみたいにキラリンとしているし。
信号機の光が二重に見えるし、朝になるとホッとするし。
まだまだ良くわからない。
夜間、瞳孔が開くと、網膜に到達するまでの光の屈折がなんらかのなんらかでなんらかな影響を及ぼしているのであろうと思われるのかもしれないという確信はある。

目をイロイロ試してみる。
明るいところから暗いところの電灯の光を見る時と、
暗い場所にいる時に見る電灯の光と
暗い場所にしばらくいてから見る電灯の光と、
暗い場所にしばらくいてから少し明るめだけどやっぱり暗い場所に行って見る電灯の光と、
それぞれ微妙に違う。
収まったと思っていたハログレの復活や、そのおかげで二重に見えなかったりやっぱり見えたり、
コントラストは相変わらず、弱い。前より夜間に見る人の顔は前より判別しずらい。でもやぶさかではない。
まだまだ良くわからない。
まだまだ経過を書いていきます。
徐々に、牛歩のごとく、良好になっている気がします。それは、ホントにね。

今度は映画館に行ってみるぞ~

2008年07月31日

夏の花火

西條です。
昨日、さいたまの花火大会に行ってきました。
大宮の先、大宮公園駅で降りて、てくてく歩き、野球場の近く。
今年最初の花火はここから。とかいって行ける花火大会は後一つだけだけども。
やはり土曜日に夜勤が入っているのは面倒ですね。
イベントって土日に集中するので、夜勤やってると両方いっぺんに潰れてしまう時が多い。
しかしまあ出来ることを楽しくやる、というのが上手い生き方だと思うので、それならそれなりに。

思った以上にすごい花火でした。
打ち上げ場所から近いところで観ることが出来たのが良かったのかな。
久々の体感。目前に広がる火の花。気づくと痛い首。
日本の経済はあと五年で戦後並みになるだろう、と彼女に力説するサラリーマン、
携帯片手にまだ友達と落ち合えないでいるヤンキー、
カナブンが服にとまって発狂するガングロ
等、
多彩な顔ぶれが集まっていた花火大会。夏は始まったばかりだ。

その前の日、
僕は友人の役者さんのバイト先で飲んだ。
僕が日本で最も苦手とする街、渋谷で待ち合わせ、飲み屋に移動。
非常にわかりやすい場所にあって助かった。ハンズの近く、とか言われても、ドンキの近く、とか言われても、道元坂、とか言われても、モヤイとか言われても、あんまりよくわからないのだ。ほとんど行かないから。
久々に会う人。そして、初めて会う人。またもいろんな知り合いが出来たなあ、と。
その日に飲んだテレサさんとは数日前に知り合ったばかりである。

数日前、福島さんから唐突にメールがあり、
飲もうぜ、ということになって昼間から飲んだ。
神田川の川沿いに福島さん専用のベンチがあるらしく、そこで。P-kraftがよく花見で利用しているらしき場所。いろいろ聞きたい事、相談したいこともあったし、久々に福島さんにも会いたかったので、自転車を飛ばして東中野まで。

川の近くのスーパーでビールを物色していると、
なんと数年前に旅行で行ったオーストラリアで飲んだビールがあるじゃないか!
あの時飲んだVBはとてもうまくて日本でもよく探しているのだが、置いてる店は結構有るよ、と言われながらも僕は見つけられずにいた。縁が無いなあ、と半ば諦めていたのだが、ここに来てついに発見である。
喜びもつかのま、それは王冠の付いたビンビール。
野外飲みで栓抜き持参なわけもなく、しかし後悔は先に立たないもの。その懸念があるならば、少しでも回避する努力をすべきである、でないと福島さんにいろいろ言われかねない。

とまあ、とにかく飲みたかったので、
開けられるかどうかはやってみればいいさ、と購入。
才能のある僕は、以前しゅん君に貰ったハリウッドキーホルダーと縁石を駆使して見事に王冠を開けた。後悔の無い人生を、未だ爆進中である。
途中参加のテレサさんはデザイナーで、おそらく、気質は控えめな方、おそらく。
自身のマスコットがとてもかわいい。前の日の飲み会にはなんと着物で来てくれた。似合いますな。

そんなこんなでその前の日も飲み会だった気がする、けどなんの飲み会だったのかも忘れてしまった。
飲んでばかりいると思っているでしょ?その通りです。

そろそろタスポが無いことが宜しくなくなってきた。
コンビニまでいちいち買いに行き、タバコだけ買うのもなんだからと、一番安いおにぎりを一緒に買ってしまったり、そのうちポケットの中で忘れられて洗濯後に発見される可能性が否めないガムなどを買ったりするのは、宜しくない。
申込書を手に取り、さっき書きました。
しかしこれね~、写真貼らなきゃいけないのがムカつく。
自宅でプリントアウトしたいと思っているのだが、「無背景」の写真で無ければいけないようで、
どうしよう、マスク切って加工しようかなあ。なんでこんなことできるのに手取りが低いんだろう。

HPのプリンターは最近、「マゼンタが足りません」としょっちゅう表示が出るので、
マゼンタを買ってきて変えた。このプリンターは、足らない色のインクのみを交換できるから、その分経済的、というのが一つのウリらしい。が、変えたら今度は「シアンが足りません」と表示が出た。本当に経済的なプリンターなんだろうか。とりあえずシアンを買うのが面倒なので、今のところゴマかしながら使っている。ていうか、意外と店に出してプリントしたほうが安上がりかもしれない。名刺なんかはそうらしいし。

そんなこんなでレーシック手術後、29日目。
夜間の見え方は相変わらず。
花火はすっかり暗くなってからは素晴らしく綺麗に見えますが、
夕暮れの花火は若干、光の下に、ボヤッとした同じ光が見えています。暗い場所で電灯見る時と同じ。
明るい場所から暗い場所の電灯を見る時はそんなことないんだけどもね。瞳孔ってすごいね。
きき目である左目に乱視が残っています。
最初は右目に乱視が残っていたのだけれど、左目に残りました。これは完治しない気がします。
おそらくは視力検査の際に頑張って答えたのがいけない。
見えないときは、見えないと言いましょう。
まだ安定していないと心に言い聞かせつつ。近くの文字を見ることは特に問題ありません。

未だに寝る時、思わず手が顔にいく。
それはつまり、眼鏡を外そうとする反射動作なのだ。
中学生の時から掛けていた眼鏡。21年くらい掛けていたわけで、21年間同じ動作を繰り返して寝てきた。ふっと、寂しい気持ちにもなるのさ。
老眼が出てきてまた眼鏡を掛ける時、それが楽しみになりつつある。人間て、無いものねだりが性なんだね。

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