2021年12月03日

けいたいをかった

西條です。
日誌がどうも不調で僕が日常使っているファイヤーフォックスでは表示されなくなりました。なんだか理由はわかりません。思うにバージョンが時代に追いつかなくなっているのか、それともファイヤーフォックスのことを考えてくれなかったのか、突然なので戸惑っていますが自分ではどうにもなりません、待つのみであります。

そんなわけでここ最近はオミクロン株のおかげでまたしても不穏な空気。
感染者が徐々にじわじわに増えているようですが、まだ重症の話は無いものの、ひとたびそれで死亡者が出ればまたしても緊急事態となるでしょう。ちょうど年末なわけで、でもさすがに今回は帰省しないわけにもいかないのではないでしょうか夏に帰ってない人は。感染対策はもう板についてきたし。さすがに帰りたい。家の中にいてばかりだと変化も無いし時代も変わって行かない。時間は平等に過ぎていく。故郷に帰ったからって変化があるわけではないのだが。何かあるかもしれないと思うだけでもいいじゃない。

そんな、わけでもないのですが、この前子供に長期的に迫られていた携帯電話。キッズ携帯をついに買うことになりました。自分が小さいころはそんなものなくても大丈夫だったのですが、ここ最近は持っている子供も多く、安全を考えればまあ、あった方がいいとは思うし、最近近所の不審者情報が多くなっても来たのでまあ、いつかスマホ持つわけだし、キッズ携帯を持つことはキッズの時しかないんだから、ということで。

最初はショップに問い合わせ、見積もりを出してもらい、持ち帰って考え、高いからポイント付かせたいと思い、量販店に向かい、再度見積もりを出してもらったら、新規キャンペーン中なので、端末は1円ですと言われ、喜びまくって契約。予想はしていたが契約に1時間半ほどかかり腹が減ったのでラーメン屋で昼食。家に帰って夜に子供に渡したら大はしゃぎで兄弟でケンカし始めたので、これはパパが買ったものだからどちらのものでもない!と怒って諫めて寝静まってからGPSのチェックとかしてみたら、まあすごい詳しく出るのね今のGPSって。

グーグルマップ上でキッズ携帯の位置がわかるのですが、近い場所でも携帯が移動すればマップ上の青い玉も移動する。すごい。当たり前のようですが、やっぱりすごい技術だインフォメーションテクノロジーって。子供にはいつかグーグルとかに就職して最先端を経験した後、やりたいことにその経験を生かしてほしい。なんていい加減なこと思い始めたりします。こういった技術は人間を管理するためのものなので、危険ではあるのですが、それを安全のために使う頭と使える環境でいることが大事ですね。道具は使う人の心によるわけですし。

戦争に使えるロボットが某国で開発され、公にもなりました。ロボット技術、介護だの福祉だのに使うために開発していますという、云わば生活における補助を目的とした開発を掲げてやっぱり兵器。そんなのは誰もがわかっていたことですが、ターミネーターな世界が徐々にじわじわにやってきているわけです。インフォメーションの後は、ロボットで世界経済は回っていく。
子供たちのやりたいことが平和ではなく平和の維持であればいいと思うわけです。

久しぶりに映画館に行った。ずいぶんと行ってない。「デューン砂の惑星」ティモシー・シャラメという一体どこからこんな流線型のネーミングセンスがでてくるんだと思わせるイケメンが主演の映画。ドニ・ヴィルヌーブ監督はとても好きな監督で「メッセージ」という映画はすっかりハマってしまった。過去と未来と現在が同時に存在する場合なんてよく説明できたものだ。気づかないモンタージュを駆使して構成してくる監督はたくさんいてそういう人に何故か惹かれる。

今回はシリーズになるみたいで一作目らしい。前作、リンチ監督の「デューン砂の惑星」はとても面白く、よく覚えている。武器がとても欲しかったがどこからも発売されることは無かったと思う少なくとも田舎には無かった。そしてそのころはまだスティングのファンではなかった。

映画はサンドヲームでライドする予感を示して終わってゆく。随所にジャパンな雰囲気があり、迫力はもとよりよくまとまっていて無理のない程度に難解であった。さすがは監督である。すっかり続編が楽しみになって劇場を出た。

コロナ禍のなかで映画を見に来る機会が減っているが、コロナ禍の中で制作を続ける人たちがたくさんいて、その情熱や姿勢、そして生活しなきゃいけないという力強さに改めて敬服してしまう。あともう少し、薬もワクチンもさらにいいものが出来てくる。徐々にじわじわに世界は新型コロナに打ち勝っていくだろう。

12月に入ったのに全然冬の感じがしない、でもこの季節この気温、空気が年間で一番好きである。朝の空気。匂い、光、空の青もすべてがシャープで突き刺さってくる。寒いし体調も崩しやすいんだけど、空気そのものが原風景なのだ。原風景を持って意識できることは良かったと思っている。いい過去も悪い過去も未来を思い描くときにとても必要になる。現在は刹那であり過去と未来が混在するから混沌としているけれど、僕らは本当は理屈ではなく気づかないモンタージュで自らの道を決めているのだ。まさに心が道しるべである。

そんなわけでいいことも悪いことも起こりますが、今は確実に過ぎていき、ワクチンも映画も自分一人では作れないんだからサスティナビリティに世界を応援することが大切と感じました。キッズ携帯を持つことで子どもたちも徐々にじわじわに足を延ばせる場所が多くなるでしょう。寂しいなあ。でもしょうがない。僕も冒険を探して旅に出よう。早くファイヤーフォックスで日誌が描けるようになるといいな。

2021年08月28日

素直が一番

西條です
オリンピックも終わり、パラリンピックが始まり。夏が終わりに近づき、でもコロナは全然終わらず。
昨年と同じ、コロナ禍ステイホーム夏。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

久しぶりにアクセスした西條組日誌の日誌エントリー画面がいつもと違うので星野君が何かかえたのかしら。
もしくは僕のブラウザがマイナーバージョンアップでもして表示の仕方がかわったのかしら。
変わるものと変わらないもの。日本は、いや断言するものではないが、変わらないものにロマンを感じてきたことが多く、
それが思い切りのいい発展を妨げていたかもしれないと最近はよく思うようになっている。

オリンピック。賛否あり。感染者数にはプラスにもマイナスにもなったと思う。
家でテレビでオリンピック、の時間が増えたことでステイホームにはなったが、
盛り上がって気が緩んで出歩いたり、たむろしたり、国立競技場の花火を見に出かける人も沢山いた。
とはいえオリンピックが無かったら、みんな家にいたんだろうか。
選手村、関係者の感染はニュースになっていたが、クラスターにはならなかった。クラスターと呼ばなかっただけかもしれないが。
バブル方式はそれほどうまく稼働していない評価。がオリンピックの関係者が世間に感染を広げていった事実は無い。
デルタ株がオリンピックにより海外からやってきたわけでもない。
未来、総括すれはオリンピックはやらない方が良かったということになるだろう、コロナというより財政の問題でそうなる気がする。
開催しなかったらこんなことにはなっていなかったんだ責任者責任をとれ責任取って税金をセロ円にしろ、とか。
開催しなかったらあの時開催しておけば良かった、という人も出てくるだろう。

デルタ株はそれまでの株より何倍も移りやすく、数が多いらしい。
ニュースでは中等症の人が入院できない状況を放送している。見るたびに本気で怖くなる。
ホントに防護服を着た医者が患者に入院を断っている。後に入院できたと最後にナレーションを付けるニュースがほとんどなのだが、
なかにはそのまま入院できず、死んでしまった人もいる。日本全国トリアージされて明日は我が身のまま今日を終える。ほんとに感染したくない。
野々村真さんはICUに入って生還した。本当に苦しかったろうし、本当に良かった。千葉真一さんは死んでしまった。ワクチンを打たなかったからと報道されてもいる。
千葉真一さんのその選択を悲しむことは出来ても、否定は出来ない。千葉真一がそうだと言ったら、わかりました、と言ってしまう存在である。

日本を代表するアクションスターだけれど、子供時代に何度も里見八犬伝をみているのだけど、
なぜか、「せんせい」という映画の千葉真一さんの笑顔をよく覚えている。
アクションスターはアクションばかりでは評価されない。カリスマ性や愛嬌含む演技力が無ければ観客が感情移入しない。
キルビルなんかも楽しい役を演じていた。日本を代表するスターであった。新幹線大爆破の冷や汗まみれの顔も忘れなれない。

思うにこれからの俳優がどうやって千葉真一さん他あの頃の名優のような跡を残すことが出来るだろうか。
有名になりたい、金をたくさん稼ぎたい、楽しい人生を歩みたい、そして誰かの心の中にのこりたい、と願う俳優は多いが、人の心に残るというのはかなり難しい。
当時の映画スターは恵まれている。銀幕は一番の娯楽だったし、ビデオ時代も名作映画は価値のあるもので、プライム時代もギリギリだがその価値をつないで行ける。もしかしたらぐるりと回って長いレトロブームが来るかもしれない。最近パール・ホワイトの話をする人に会ったりもした。

これからの俳優が誰かの心に残り、誰かの支えや指針になれるように、映画は名作を作り続ける努力をしなければならない。そして映画の宣伝は、その映画の価値をしっかり世間に知らせる努力をしなければならない。僕たちは穿った観方をしないで素直に子供の心でその世界に興味を示していたい。一人の俳優が死んだあと素直に感謝が出来ることはありがたいことだ。これからの俳優と映画、演劇や配信も、作品と呼ばれるものはその理想をぜひ捨てないで欲しいとあたらめて思った。

思うに、商業的なアプローチは、結果なんにもならない。
その場をつなぐことが出来ていそうで、未来は狭まる。作家性を重視するあまり才能を発揮できない時期を過ごす人にはそのアプローチは必要だが、
資格を持つのは近親者、編集者やマネージャー、プロデューサーが誠実で才能がある人のみだ。才を見る力、ポリシーから発生する提言、一蓮托生、二人三脚で臨む覚悟。
ホレこむ、という感覚に沿えればうまく種がまけるし水が与えられる。思い付きの化学肥料では茎ばかり伸びて花が咲かない。言葉巧み、に本物はもう飽き飽きしているのだ。
僕はうまくやろうとしたことがうまくいった試しが無い。むしろうまくいかなくても正攻法でいこうとしたことのみ、いい結果が出ている。
勉強中だからってのもあったし、必死でもあったからいろんな失敗をしてその失敗は後には嫌なことしか残らず、人に言いたくないことは、つまるところ目の出ない才と同じ、くすぶって焦げ付いたままそこらへんに転がっている。

テリー・ギリアムのインタビュー。
テリー・ギリアムは苦労してドン・キホーテの映画を完成させた。そのドキュメントも見たが、映画が出来ませんでした。という結論で終わるとんでもなく残念な作品だった。
周りのスタッフも監督自身も、キャストも、誰もかれもが映画を作ることに前向きで、でも自分のスケジュールもあって、でもテリー・ギリアムの映画に出るんだかかわるんだという気持ちでその場にいるが、運命は容赦無く。予算も容赦なく。頓挫した挙句仕切り直し、金銭的にも名誉的にも迷惑をかけることになり、それでも再度ドン・キホーテにこだわる監督。
その映画はその後、形を変えるも完成し、世界公開になった。あきらめないことの大切さもさることながら、この作品のインタビュー記事で、いままでどうもすんなり理解できなかったことの正体を発見し、感動した。

そのインタビューにかかれていたこと、簡単に書く。
「とあるCMを担当した時、映画一年分のギャラをもらった。だから若い才能のある監督がCMの仕事をしたいと思うのもよくわかる。CMは夢を売る仕事だ。でも僕は夢を売るよりも自分で夢を見るほうが好きなんだよ」と。
ドン・キホーテの映画についてのインタビューでそう語っている。この言葉はきっと少し軽い感じで神妙ではなくいつもの会話が少し緊張した感じのテンションで発せられた素直な言葉と思う。僕はこの言葉にかなり創作の神髄を感じた。

その昔僕が若いころよく言われていた言葉=何のために映画を作るの?誰のために映画を作るの?

君の作っている映画は誰に頼まれてもいない。そんなもの作る価値があるの?誰かのために作られていないものは、すべて作家の自己満足でしかない、そんなものに金を払う人がいるの?
君の映画には、君の創作には価値が無い、という言葉で、正論に聞こえる。正論に聞こえるので、そうかなあ、としか返せない。正論に聞こえるがどうもその通りだと思えない。
そんなこんなの時間を過ごしていた。まあ劇場で公開されたりするとそんな言葉は全く聞かなくなってしまったのだけれど。正論ぽく聞こえる何のため?誰のため?自己満足に金は払わない、をなぜ理解できなかったのか、がつまりテリーのその言葉によって解消された。つまり僕も夢を売りたいんじゃない、夢を見ていたいのである。そして他人の夢を見たいと思って映画を見ているのだ。僕のために作られた作品なんか正直興味が無い。だってもうそんなの自分で想像つくだろう。僕は、なにこれ!?なんじゃこりゃ!?というものを飽きずに見たい。この人すげーなっていつまでも言っていたい。そんな感じ。だから僕に商業的にアプローチされたものはありがたいんだけれど、興味があんまりわかないし、観てもよくできましたとした感想が無い。これ・・・見たことなんですけど、。。というものをずっと求めているんだろう。

僕の場合、映画制作は自分が夢を見たいから作るのであり、他人の作品もその人がその人のために作った作品ならば十分見る価値がある、お金を払う価値がある、だって自分が想像できないことがたくさん詰まっている可能性があるんだから。

そういえば昔からジャケ買いよくするし、チラシに書かれたあらすじ半分まで読んだらあとは作品観るまで読まなかったりしていた。

そんなわけで、ずっとこれ書きたかったんだが時間が無かったので書けなかったやっと書けて良かった。
僕は誰かのために作られた映画なんか見たくないし作りたくないのだ。僕は僕が観たいものを作りたいし、それを見て面白がってもらいたいのである。
だから今にあわないとか、ターゲットだとか流行りとかどうでもいいのだ。他人の評価は欲しい。それは当たり前で認めてもらいたいとか存在価値の主張なんて表現者じゃなくたって誰でも持っているし表現者がひと際その欲が強いとも思わない。ぶっちゃけ表現者はいいねとかそんなにいらないと思う。それで終わるものを狙っているわけではないのだから。

そんなわけで、作るなら迎合せずつくろう、そんな作品に俳優を募ろう。募った人たちは信じてついてくる。その気持ちにこたえるにはさらなる素直さが必要だ。ギリアム監督のしつこさや千葉真一さんの筋肉、躍動感には一直線の素直さがある。オリンピックパラリンピックの選手も自分のためにそのコンマ一秒、一ミリを競う。アーティストとアスリートは同じベクトルで人を感動させられる。商業なんか軽々通り越して脳髄に飛び込んでくるのだ。未来へ子供たちにも順当に受け継がれていきますように。

2021年07月11日

ぎくりと座薬

西條です。梅雨時期。この前ぎっくり腰になりました。
7,8年前に重いもの持って少し体をひねったら、そのままゴキっとなり、左足で踏ん張れなくなり、それでも家に帰り、休んだら徐々に復活出来て、それからごまかしごまかし、しかしここ数年は毎年のごとく、小さく、もしくはそこそこにぎっくり繰り返し生活。ついに爆発。まったく身動きが取れない状態になりました。

ただ少し、かがんでする仕事を長めにしていたことが原因。
実は一か月前に、少々壁伝いでないと歩けないほどのぎっくりをしていて、でも翌日コルセットとロキソニンでなんとかしのげたので、そのまま放置していたのが災いしてしまったのかもしれない、と素人判断。でも医者いっても原因はよくわからないと言われるに決まっているので。

少々のぎっくりを放置。
それを数年繰り返してきた。腰痛が慢性的に僕の腰にあり、常駐し、でも生活できてるからまあいいや、的なノリで少々変な姿勢になったり、例えば小さな段差から飛びおりたりとか、するとギックリっとなってしまい、でももう慣れっ子だい、とやはりコスセットとロキソニンでしのぎ、数日たてばよくなるのでそのまま放置、甘かったね、今回の惨劇を引き起こしたわけだ。

ちゃんとしたぎっくりは、きわめて激痛です。その場に倒れて身動きがとてなくなってしまいました。恐ろしい激痛ですが、腰以外はなんともないので行き交う人にその痛みが伝わりづらく、しかして手を貸そうと言われても、その手をどうつかえばいいのか自分でわからず。
必要なのは、捕まることが出来るもの。例えば何かの柱とか、頑強でこちらの体重をさせられる人とか、立つためにつかまれるもの、人、動物でもいいし。
発生場所がもし、街中の交差点だったら、引かれてしまう。演劇の舞台の上だったら公演は中止である。登山の最中だったらヘリを呼ぶしかない。銀行強盗の最中だったらもう逮捕してほしい。筋肉を握りつぶされるような激痛。

なんとか這い上がって椅子に座っても激痛。立ち上がっても激痛。体が痛みを避ける反射で斜めになったまま。着替えるのも激痛。ズボンが下せないし穿けないし立ち上がれないし歩けないしホントにいろんなことを覚悟しながらやらないと前に進めない。
なんとか家に帰り、接骨院に行ったり電気治療したがよくならず、三日後の朝もまったく状況が変わらず。相当焦り、整形外科でレントゲン取ってもらい、骨に異常は無かったので良かったが、良くなるのに10日はまずかかると言われて、少々強めですが座薬を出しておきます、と言われ、結果その座薬がとても効いて、4日目にしてやっと状況は回復に向かい始めた。

今回早く治したいために初期の段階から動いてしまったのは良くなかった。
反省と次回のために日記を書き、未来の自分にメッセージを書き記した。本当に再発したくないと僕は本当に思っているようだ。

ぎっくり初日=
諦めて安静にしていること。しかし二日目、三日目よりはまだ動ける方なので、医者に行って薬をもらったり、トイレに行くとかする。トイレはマジ地獄である。
ぎっくり二日目=
安静にしていること。無駄に動かない。初日に医者に行ってるならもう行かない。行ってなくてももう行かない。カントリーマアムしか食べられないほど起き上がることすらできない。
ぎっくり三日目=
状況が変わらなくても焦らない。発症から48時間を過ぎて72時間までの間に炎症が徐々に落ち着いてくるため三日目の朝はまだ発生から72時間経過していないだろう。少しだけ回復したら、頑張って医者に行ってみるのもあり。
ぎっくり四日目=
絶対に回復している実感が少し出てくるのでこの日まで希望を捨てないように。

ぎっくりざっくり書いたがそんな感じ。手元のノートにはもっと細かく書いている。
今回早く治したいがために早めに動いたのは良くなかった。安静にすべきはして、動くべき時に動く。

整形外科で座薬を試してみましょう、と言われ、必死にベットに寝たんだが看護婦さんがいきなり座薬を入れてイテテテとなってそれから30分待って座薬が効いてきたろうから立ってみてくださいと言われて立とうとしたんだが全く痛みは変わっておらず、それでもさっきよりは歩けてるから効いてはいますと、と言われ、必死に雨の中帰り死にそうになりつつズボンを脱いだらさっき入れたと思われる座薬がズボンにほぼ溶けずにそのままの形で貼りついていて病院に電話したらでもさっきよりは歩けたから少しは入っていたと思いますよとか言われてもういいからあと何時間待ったら次の座薬入れていいんですがと聞いたらじゃあ通常の半分の時間待ってから入れてくださいと言われてなんだその判断基準はと汗かきながら時間経過後に自分で座薬を入れて30分待ったらすごく効いた。痛みはそこそこ軽減される。そこそこレベルではあるがそれでも十分なのだ。しかしなんなんだあの看護婦と医者は。患者はたくさん来るから流れ作業なんだしクレーム付ける人も沢山いるだろうから身を守る言葉はしょうがないんだろうけどその場でちゃんと座薬を入れてほしかったなぁ。まあ五日分この座薬が手に入ったからもうそれでいいや。なんてこともあった。

そんなわけで今回色んな方々に迷惑を掛け、家族にもたくさん迷惑をかけてしまった。
全快したら何かお礼をしないとね。子供たちは七夕の短冊にパパの腰が治りますようにと書いてくれてとても嬉しかった半面、プリキュアになりたいとか書かせられなくてほんと申し訳ない。家の仕事も嫁に全部任せきりにするしかなかったのがほんと申し訳ない。

今回ぎっくりびっくりしたことの一つに段差が超えられないというものがある。
2センチの段差が超えられない。家のドアを開けると、風よけ用か少しだけ、1センチくらいの敷居があり、それがまず超えられない。靴を足だけで脱げても玄関に上がれない、風呂の敷居を跨げない。あらゆる敷居が障害物になる。バリアフリーが障害を持つ人に対してどれだけ効果的かを身をもって感じることが出来た。世界は健常者のために作られている。障害を持つ人のためのデザイナーズがスタンダードになることかまともな世界だと今はとても強く思うのだ。

そんなわけで発生からもう少しで10日。でもまだ腰痛はある。つまるところいままで散々放置してきたツケが回ってきているようで、どうもこの腰痛をしっかりなくすのは容易ではなさそうだ。下旬にリハビリを入れた。本格的に腰痛と向き合わないと毎年短冊に書かすことになるので本気です。でも持病化しているので絶対またいつかなる。でもそのいつかを一日でも先送りすることが出来ればトータルで回数を減らせるわけだ。

そんなわけ座薬は自分で入れましょう。定期的に立ったり座ったりしましょう。体を柔らかくしていましょう。家族を大切にしましょう。ようつべの動画より整形外科を信じましょう。最後になりますがカントリーマアムを常備しておくと便利です。起き上がることが不可能と思う時間は結構長いのでね。

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